懺悔・随喜・祈願

おはようございます。

 今朝も冬空で暗い朝です、時折ぱらっと雨が落ちてきます。お大事にお過ごし下さい。
 今年もありがたいことに相変わらずお勤めをし日々同じ経典を読誦、護摩を修しています。幸せと感謝を感じる日々。
 文字、教えとは不思議なもので、子どの頃はいざしらず、今、人生の最終章にあって、叱られる表現かもしれませんが、飽きが来ない、悦びが日ごとに増すばかりです。
 子供の頃は、10ページを開けば10ページに書いてあることが書かれていますので、わかったような思いがして、再びページをめくるということがなかったのですが、今では、何度読み返しても、意味と理解が深まり能動性、やる気が高まり面白いのです。真理、道理とはそうしたものかもしれません。周りの山々や自然を見渡しても日々感じるものが違いながらも感動するように、毎日お唱えする度に味わいの悦び感動が違うのです。
 経典に「信を深くするものは、懺悔と、随喜と、祈願の三つの姿が現れてくる」と説かれています。まさしく、その通りなのです。
 「すべて因と縁によって現れたものであることを知る」とも説かれています。自分の中に在ります無限の可能性が「縁に出会って智慧となるとも」説かれています。まさしくまさしくこの通りなのです。自分を見て、人様を拝見して、違いや、結果を見て智慧が得られ、智慧と化すのです。ですから、決して人様を侮らず、しっかりと肯定し、見ることで智慧とできることに感謝するのです。
 何故豊かになっていく人と、貧しくなっていく人とが現実となるのかが目の当たりに感じられるのです。それは、やはり「信力」によるのです。「教えに従う行動」です。
 信を深くする人は、「自分の罪と汚れを自覚する」のです。罪とは世の中でいうところの罪ではありません、教えに忠実ではなく、できなかったことを自覚した罪であり、心の汚れです。だから、自己肯定し「懺悔できる」のです。「自分に自分がわびる」のです。せっかく両親を縁としていただいた能力を正しく使えなかったというお詫び、懺悔です。
 ごちゃごちゃ書いていますが、毎日信を厚くして読誦していますと、要するに「どんどん素直になる」のです。文字、教えとは何と凄いのでしょう。そして何よりも、「人様の善いことを見ますとわがことのように喜んでその人のために功徳を願う心が起きる」のです。これも教えに説いているのです。このように成ることが悦びでもあります。そして「友だちの輪を広く大きくする」いわゆる「支え合う人を多くする」のです。「喜び随う人を多くする」、「祈り愛の仲間を多くする」のです。
 人間何が不幸の一因となっているかと思えば、「己を知らないこと」にあります。己を知らないことの代表は「人を認められないことです」。これほど不幸はない。
 だから、祈りもできない、学ぶこともできない、人を観る眼もない、仲良くできない、しかし欲だけはあるという不幸です。このことすら知らないのかもしれない。その証拠にこのような人の多くは、人を云々しているのを見れば分かります。
 どんな行動をしていても、言葉だけは正しいのです、だから平気で人様を批判云々している。このことすら知らないのかも知れません、だから、言葉、教えを大切にしない。故に言葉による反撃、教えによる反撃を受ける羽目に陥って、「人心が離れていくのです」。道理とは因果応報なのです。悪因悪果、善因善果。
 神を知るのも、道理を知るのも、すべて「己を知ることが本をなしています」。信ずる功徳は「懺悔にある」「己を知ることにある」のです。今年もいよいよ明日からが本格的にスタートです。
 日々「正しい場所で挑戦する年!筋道を通せば繁栄あり!」と為すためにも教えを大切にお過ごし下さい。目的を心から知れば、正しく懺悔するからこそ正しく修正し、繁栄を手にするのです。
 明後日8日は下関・愛宕寺様「年賀式」です。午前10時から行います。お薬師さまのご縁日に今年初の祈り愛をご一緒下さい。お薬師さまは私たちの心身をいやして下さいます。お待ちしております。
 
世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
☆「仕事運が良くなる」日々の四つの実践徳目:慈悲の心を持つ(思いやりは勇気)・質素倹約(物心両面のゆとりがなければ心貧しくなる)・謙虚な心(争いを生まない)・一隅を照らす(ポストにベスト)。 合掌
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