おはようごいざいます。

「にんげん学」東京講座ご出席の皆さんありがとうございます。昨日はいつもと違った会場でしたので気分もかわりました。伝教大師様が「依心依所(えしんえしよ。心を大切にするなら所を大切にせよ)」との教えが再確認できました。
昨日読みました論語陽貨(ようか)第17、9条「子曰く、小子何(しようしなん)ぞ夫(か)の詩を学ぶこと莫(な)き、詩は以(もつ)て興(きょう)す可(べ)く、以て観(み)る可く、以て羣(ぐん)す可く、以て怨(うら)む可し。之を邇(ちか)くしては父に事(つか)へ、之を遠くしては君に事う。多くは鳥獣草木の名を識(し)る。」。そのまま読んで味わいたい条の一つです。
意は「孔子があるとき、門人達に向かって言いました。諸君は何故あの詩経(しきよう)を学ばないんだ、詩経を学んだ方がいいよ。詩経を学べば、それによって喩えて物が言えるようになり、物柔らかな言葉遣いができるようになる。また時代の人情を観察することができるようにもなり、多くの人と共にいて仲良く和らぐ仲にもなれる。怨むことは怨むが、その怨みが怒りになって過ちを犯すということがなくなる(君子は口先だけの人間を悪(にく)む)。また手近な所では、家庭内において両親につかえる道を知り、世の中に出ては社会や国の役に立とうと志し、先輩や人様に確かに仕える道を知るようにもなり、その上更に、多くの鳥獣草木の名を識(し)ることとなり、博識の効果も得られるのだ。」。
詩を読むと言うことはこれほど素晴らしいのです。心が自然と豊かになるのです。近代では若く26才で亡くなった「金子みすゞ」、現代では「谷岡俊太郎」等々素晴らしい詩人がいっぱいです。昨日の「ぶら和尚」で「相田みつを美術館」に行って、素晴らしい詩に触れて爽やかな気持ちで勉強会に入ることができました。
そのお陰でしょうか論語の音読も別の意味で魂に響きました。詩は私たちの奥底に眠っている魂を揺さぶるようです。
テレビで有名になりました金子みすゞの「こだまでしょうか」を記します。
「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。
そうして、あとで、
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、だれでも。
いつまでも幼心(おさなごころ)の純粋さを失いたくありません、失わないはずです。「子どもは大人の始まり、人間の始まり」だからです。詩を読んでいますと知らず知らず魂が温められているのが嬉しいことの一つです。
明日は心華寺で素晴らしいこだまが聞こえます「鳥居門扁額開眼法要」午前10時からです。皆様のご参加をお待ちしています。全国からご出席くださいます皆さん気をつけてお出かけください。こだまに耳をかた向ける一日としましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
 私たちは東日本大震災並びに各地の豪雨災害の復興を祈り応援します。
銀ぶらをして。


石原裕次郎が歌った歌詞の碑です。