演じる

おはようごいざいます。

長野で一昨日大きな地震、家の倒壊、山崩れ、線路が土砂に埋もれる等々、またもや被害者の方が多くでてしまいました、心よりお見舞い申し上げます。余震も続いていますので不安なことでしょう。早く収まって欲しいと祈るばかりです。
先日下関に入るとき新幹線の中で本を読みながら人生に勝ち負けなどあるのだろうかとふと考えていました。以前から勝ち組とか負け組とか言われていますが、嫌な言い方です。
皆さんは人生に勝つとか、負けるという話、文字を見てどのような思いを持ちますか、私は人生は勝ち負けではないと考えています。人生の相手は自分です。人様と同じ事で勝敗を決するとかスポーツであれば勝ち負けもあるかもしれませんが、一人として同じ人生を歩んでいるのではありません。
勝つ、負けるということは自分に対してはあることでしょう。自分で決めたことを全うする、先日亡くなられました高倉健さんのように、自分の人生を演じきるといった感じではないでしょうか。
人生は演じるものだと私は考えています。自分で目標を立て、それに達するストーリー、脚本を書き演じ歩む。出演者は自分は決まっていますが、脇を固めてくれる人や、取り巻く出演者は決まっていません。高倉健さんの「不器用な男ですから」という台詞、不器用という生き方を器用に生ききったように私は見ています。
要するに「何でもできるとは考えていなかった」ということだと思います。あれもこれもと欲に翻弄されない生き方、人生に勝つとは、このようであると思います。
人生の主人公は自分であるという自覚、周りから見れば脇役や端役かもしれませんが、自分が主役、自分の人生であるという誇り、矜持です。この思いがあったから不器用ですからと言ったのではないでしょうか。多くを望まず、自分が演じる人生をどんな役でも中途半端にしなかった。
うらやまず、ねたまず、ほしがらず、しかし見事に堂々と自分を演じ切る。このように私もありたいと、日々堂々と祈り、ポストにベストを尽くします。今日は愛宕寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」自分が主人公の日です良い演技をしましょう。午前10時からです、共演者は大勢います。お祈りして身近な人々を楽しませ幸せにしましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
 私たちは東日本大震災の復興、豪雨災害の復興を祈り応援します。