修養

おはようございます。

 「にんげん学」神戸居酒屋初講座「論語を読む」ご出席の皆さんありがとうございます。やはり、初講座にご出席いただくことはとても嬉しいことです。1月に初とつきます予定をすべて無事終えることができました。ありがとうございます。
 初心忘るべからず、という言葉は「世阿弥(ぜあみ)の「花鏡」にある言葉で習い始めのころの謙虚で真剣な気持ちを忘れてはならない」という意味です。良い言葉です、言葉、教えというのは外に奪われてしまいそうになる己の心を引き戻してくれます。学び修養の大切さがここにあります。初心を忘れずに謙虚に人生を歩みたいですね。
 昨日の講座は主催者であります「南薩摩旨いもんキリシマ山荘」さんのオーナーのOさんの質問で終始しましたSNSの動画で話題が広がりました学校での暴力問題をどのように考えますか?、という質問です。
 私の意見です。どちらが良いか悪いかではなく、言葉であれ、なんであれ、暴力はいけません。この問題は社会問題としてとらえ、どのように「人間教育をしていくかが問われている」ものです。誰でもいろいろな人と切磋琢磨し、お互い尊敬し合い、錬磨できる環境を作ることです。
 環境が人を作るのか?、人が環境を作るのか?、これは共に必要なことです。環境が人を作りますし、人が環境を作るのです。このことを意識すべきです。家庭、会社、国、すべてに言えることです。家庭の理念、会社の理念、国の理念であります。
 私たちはよく「修養」という言葉を使います、では何を修めるのでしょう。何を養うのでしょう。一つしかありません、「心身であり、言動を養うことです」。
 養という字は「羊の食」と書いています。仔羊はとても従順な生き物です。人間が育てるとおりに育つそうです。このことから推察できるように、「子どもは従順だ」ということです。「仔羊」 「子ども」です。子どもをどのように「育てるか、染めるかは人次第、親次第」なのです。ここに、「親が修養する大事がある」のです。子どもだけが修すれば良い、という意識ではよろしくないのです。
 「何でという理屈を抜きにして修養する道は最も身近な世界」で「親を愛し、師を尊び、友に親しむ」これが「修養の道」です。もちろん「一生涯」です。この実践徳目を皆で日々行うことです。いわば「共存共栄の道」であり、利他の道です。この道を皆さんが共に修養することで、様々な暴力事件が少なくなると信じています。
 「にんげん学」居酒屋初講座「論語を読む」ご出席の皆さんありがとうございます。来月は2月27日(水)です。来月もお目にかかれますことを楽しみにしております。
 皆さん、今日は心身の修養、言動の修養、心身の慎み、言葉の慎みを考えてお過ごしください。そして身近な世界での暴力を無くすために各地の「にんげん学」講座に是非ご参加いただければ、ありがたく思います。
 
世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。 合掌
※運命開運相談。辯財天秘法姓名判断。家相、地相の相談等々ご相談ください。0774-44-5380。mail:bonsan01@wao.or.jp。相談したときから主体性のある本物の人生が始まります。