自ら、聞こうとしなければ聞こえてこない

おはようございます。

 台風15号で、関東地方は大荒れの様子です、大事が起きないようお祈り致します。

 9月第2週の始まり、しっかりと目的を再確認し一週間の目標を掲げ歩んでまいりましょう。
 「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と申します。私たちが日々お唱えしますお経は「如是我聞(にょぜがもん。私はこのように聞きました)」という言葉で始まっています。この場合の「私」とは、直接に長年お釈迦様につき従ってお世話をしたアーナンダ様のことですが、そこに「自分の名をあてはめて聞くこと、お唱えすることが大切です」。
 教えを聞くときに大切なことは、「自ら、聞こう」という姿勢で聞きませんと「聞こえてこない」ということです。自分にはまだ、はっきりと受けとめられないけれど、ここに大切なことが説かれている、という「敬いの心をもって聞かねばなりません」。 
 それを「初発(しょはつ)の聞(もん)」といいます。そうして座を重ねて聞いていくうちに、なるほどそうだ、仰せの通りだという深いうなずきが訪れるのです。それが「聞こえた」ということであり、それによって私の中に仏の智慧がはたらき始めるのです。これを「究竟(くきょう)の聞」といいます。
 「大智度論」という著書に「仏法の大海は、信をもって能入とし、智をもって能度とす」。とあります。

 「能入」の「能」とは「できる」という意味で、「度」はサンズイを付けた「渡る」と同じ意味です。
 つまり、広大な教えを学ぶには、まず「信がなければ入れないけれども」、その海を渡りきるのは「智慧」、すなわち「目覚めによる」というのです。
 この場合の信とは、「信頼、尊敬の念」の意であって、それは仏陀(目覚めた人)と呼ばれた釈尊の「人格を敬う帰依の心を指しています」。
 私たちがお釈迦様に帰依する理由は、その人が真実の道理(法)に目覚めた智慧あるお方であり、お釈迦様の指し示す道理の真実性が、私自身の生活実践を通してうなずかれ納得できるからです。
 智慧には「聞・思・修」という三つの段階があるといわれています。最初の「聞」が「初発の聞」であり、聞いたことを幾度も反復し、自分の身に引き当ててよく考え、味わうことを「思」といいます。そして、いつしかそれが身につき、ものの見方が転換する経験をもたらすことを「修」というのです。このように考えますと、この「修」が「究竟の聞」ということになります。
 これらのことは、頭で考えて理解しようとするのではなく、繰り返して聞き、聞いたことが全身に染みこむような態度で聞きなさいという誡めだと私はとらえ日々楽しく修養しています。楽しく修養していますと、因果応報の道理の素晴らしさ、楽しさが日常の中に多く感じられることが一層学び、聞・思・修の三つの楽しみを増すのです。

 以上のことは日常のビジネス生活でもおなじ事が言えます、人様のお話をお聞きする姿勢、態度はやはり「尊敬の念」「信頼」を以て聞くべきです。でなければ聞こえては来ませんし、あなたのお話を聞いて下さる方にも響かないのです。
 今夜は「にんげん学」京都講座「老子を読む」です。自らの意志で聞こうとする皆さんがご一緒に学んで下されています。初めての方も予約は必要ありませんのでご出席下さい、「ウィングス京都」で6時半にお待ちしております。
 今週は「聞・思・修」を大切にお過ごし下さい。
 
世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
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 ☆今朝の風景。

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