親子共に

おはようございます。

今日は朝に「親子座禅会」、午前10時より「水子供養祭」があります、坐禅が終わりますと作務(掃除)そして朝粥で終了です。日曜休日ですが朝のひと時を親子で共有し親子共に指導を受ける、今日このようなことも大切です。
毎月の月例祭にご一緒にお参りをして共に「頭を垂れる」ということも大事です。自分達よりも「上位」があることを「体感」する世界、
親子間で悲惨な事件が頻繁に起きております、これほど不幸はありません。親は子供を躾けることは当然ですが、「共に従う」姿を日常にあるのだということが大事なのです。
大人でも子供でも常に「先にすること」のある生活、家では親が長であることは間違いのないところです、がしかしです、それは「目にすることの出来ない先祖や教え」を親が「代弁」しているという「姿」が必要です、親子共に「従う生活」です。そうすることで昨今起きている問題は減少しますし、子育てもそう難しい問題は起きなくなるのです。
「親が権力者」になってしまったのでは子供は行き場を失ってしまいます。行き場を失って「窮鼠猫を噛む」如く「自暴自棄」になるように追いつめてはなりません。このような最悪の事態を生じることのないように、親子で「頭を垂れる世界」を持ちましょう。
私も男性ですからこういうことは時にはあるのですが「自分の力で」という何事も人の力を借りようとしない「男のエゴ、我」です、このエゴを捨てるべきです男親は。突拍子も無いようなことを書くな〜と思われるかも知れませんが、科学や論理は直線的であると私は考えています、で、行き詰まるとそこでストップしてしまう。
そこでやはり「こころ・情」思いやりを学ぶ必要があります、理に情をプラスする、心の働きは摩訶不思議で、「自分の嫌いなことは相手が好きであったり」また「自分が正しいと思うことは相手は悪であると思ったり」であります。
そこが難しいのです、だからこそ人間は「ルールを作ったり」、「約束事を作ったり」という知恵を働かしたのでありましょう。しかしそれは先ず「思いやりという心が先」ということを私たちは知らねばなりません。各家庭では価値観がそれぞれ違って当たり前です、だからこそ「こころを共に学ぶ」ことで行き詰まりを防ぐことが大事なのです。
時には親子して学ぶ、頭を垂れるということをしてみましょう。その一歩が大きな解放感が生まれ、余裕が生まれます、その中から「次こそは」という「気持ち」が出ることを味わって欲しいのです。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。       合掌