自分で決めたこと

おはようございます。

今日は第一日曜日、心華寺の「月例幸福護摩祈願祭」、午前10時からですお参り下さい、遠方の方は時間に合わせてお祈り下さい。
何事でも「決める」のは自分、自分が思い、自分が決める、この自覚が大事です、そんなことは当たり前と皆さんはおっしゃるでしょうきっと、ですがこの「自分で決めたことを守れるか」となると又別の話です。
そう、これは誰も知らない自分だけの話です、ですから宣言しない限りは誰も知らないのです、だから重要で意義があるのです。
人の能力はそう大きく違いません、しかし時間の経過と共に差が出る、何故でしょう。原因の一つに「自分の思いと行動」があります。
「性 相近き。習 相遠し」、という論語にあるように、「思ったことを続けるか否か」が岐路、分かれ道です。「自分に嘘をつかない」ことがポイント。自分で決めたことを「忠実」に行うかどうかが「進化するかしないか」となるのです。
自分で決めたことを行わなければ進歩、進化はならず、ただ目の前の仕事、時間を消費するだけとなり、進歩、進化はありませんから結果信頼は得られず、自身の夢、願望を得られないということです。
自分で決めたことで「出会った困難を乗り越える」事がなければ人様が与えてくれた困難は乗り越えられるはずはないのです、なぜならば必要がないからであって、やらされているという意識がどこかにあるのです。
庭の木々や花々も自身を成長させております、しかし肥やしや試練は外からあるのです、木々や花々は動かずにじっとしているしかありませんが、私たち人間は自由であり、自由であるからこそ「決めたことをやり」外から来る現実を真っ正面から受け止めなければならないのです、そうでなければ何も始まらないのです。
自分で決めたことをやれないようでは仕事をしていれば評価を得るという甘い錯覚、勘違いをしてしまいます、いつまで経っても仕事の成り立ち、仕事が仕事になるまでの経過(プロセス)を知り理解することもなく過ごしています、故に不満を抱くようになるのです。
人としてこうであってはいけません、自分で決めたことをヤル、この明快なことが人生大事です。それこそが「個性を磨く」のであり、そのような人を世間は見逃さないのです、いや見逃すはずはないのです。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。   合掌