不足を言わない

おはようございます。

昨日は終戦記念日でした、戦争を知らない私ではありますが、テレビで戦争を体験された皆さんのお話をお聞きしますとその悲惨なことが伝わって涙がこぼれてきます。
先の大戦尊い命を落とされた皆様のご冥福と共に不戦の誓いを新たにしなければなりません。先日も書きましたが先ず身近な争いをしないことでありましょう。争いは不毛なもので何も生まれないのです。
そして上にある人は命を下すとき人のためになっているかどうかをよくよく考えるべきでしょう、命を下されて正しくないことでも下の者は家族のため、生活のためと考え従うからです。大きな責任のあることを思うべきです。食品会社の不正なども同じです不幸なことです。
誰しも幸せになりたいのは同じ、仕事も上手くやりたいのも同じです。幸せになりたいのに仕事を上手くやりたいのになぜ争うのでしょう。
一つには相手に対して「不足」を思うからではないでしょうか、ではなぜ不足を思うのでしょう、それは「自分はやっている」という「思い上がり」と、「意思の疎通の不足」から生じる不足ではないでしょうか。
人は協力して行くのは言ってみれば当たり前のことです、しかしそこで私はここまでという「思いこみ」が無いでしょうか、「ここまでやっているのに」という「思いこみ」です。
何から何までやれとは言いません、幸せになるためには事を行う「領域」などは無いのです。何事でも率先してやっていけばいいのです。そのための意思の疎通を図ることでしょう。
協力の意味合いは「領域」などないのです。徹底してやればいいのです。また自分の「生き様」でやっていることですので「相手云々ではない」のです。何か不足を感じたり、相手云々を考えてしまうのは「評価を待っている」という意識が存在していることに気づかねばなりません。
せっかく素晴らしいことを行っているのです、争えば「不毛な行為」としかならなくなるのです。生き様とは人からの評価を得るためにではないということを肝に銘じ、自分のため自分を取り巻く家族のため、社会のため何事へも率先して不足を言わずに協力をしていきましょう、それが平和への第一歩と信じております。
先人である聖徳太子様は言っておられます「和を以て貴しとなす、逆らうことなきを旨と為せ」。利は徳なのです。
今日からお仕事の方もおありになるのではないでしょうか、話し合いを率先してお仕事ください、今日は五山の送り火ご先祖様へ感謝してお見送りしましょう、そして家族仲良く致しましょう。
明日は「にんげん学」東京講座です、東京地区の皆さんお暑い中ですがご一緒に学んでいきましょう。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。         合掌