私の一

おはようございます。

「にんげん学」大阪講座ご出席の皆さんありがとうございます。京都・大阪共に老子下篇に入り、徳(先天的な能力)に目覚めよという話が出て来ました。継続できる、できないが、この徳に目覚めるか否かにあります。老子の教えが示す「一」に目覚め精進することですね。その「一」は「できること」の継続に目覚めることが「一」です。
欲に惑わされ背伸びするから継続せず、三日坊主になるのです。自身の「一」に気づき継続し磨き高める人生としましょう。真っ直ぐに歩むからこそ道中に悲喜交々の充実する人生が待っているのです。何よりも友を多くし、道連れが多くでき楽しい寄り道ができるのがいい、これまでの私の実感です。
「私の一」。
私の「一」、出来ることは「お仕えする」ことです。自分で選んだ世界が今の世界。そこで選べないことを知りました同僚、先輩、後輩、仕事そしてその世界において出会いをさせていただく多くの皆さんです。
最初からどなたにも同じようにお仕えできたわけではありません、26才のあるとき「気づき、目覚めた」のです。その後それを「己に腹を立てよ」という書名で本をPHP出版社様から出版させていただきました。それからは無心にどなたにでも「仕えるという一を貫きました」。
貫いた「一」を「多くの方が生かして下されたのだと」教えに感謝し、一層仕える事に専念しました。「水が無味であるから」こそ多くの物に活用されるようにです。水の「一」が「無味」である「柔軟」であることです。だからこそ万人万物に必要欠くべからざる存在なのです。
しかしいくら「一を貫いた」としてもどなたにでも活用されるわけではありません。それは一人だからです。八面六臂の活躍はできたとしても、所詮限界があるということです。このことを確かにすれば昨日書いていますように無理、道理でないことを欲するという愚を犯さないのです。
明日は「にんげん学」一宮講座、明後日は東京講座です。一宮、東京地区の皆さん待っていてください。楽しみに出かけます。今日も素晴らしい一日となりますことをお祈り致します。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。
昨日大阪の南森町にありますCMAさんのT社長さんに用事があり電車で出かけ途中でウオッチングした写真です。最初は宇治橋模様の下水蓋。後は南森町天神橋筋2丁目から「にんげん学」大阪講座のある会場の八丁目まで30分歩いた日本一長いアーケード街。さすが大阪、アーケードの上に浄瑠璃の人形。そして鳥居が上に。