一年ありがとうございます。

おはようございます。

平成26年大晦日となりました。一年お世話になりました。無事一年書くことができました。これも皆様がお訪ね下さるからと感謝致します。
私が50才からブログを書き続けていることの大きな理由は「無から有。有から無」という気持ちからです。昨日も一日、一日の大事を書きました。愚鈍だった私は幼少から中学2年生まで勉強というものを憎しみをもってみていました。しかし中学2年生の後半から学ぶことの意義を感じたのです。それいらい自分のペースで学び続けています。そして分相応に身の丈に合った楽しみを味わい心豊に歩みたいと願っています。
中国の詩人杜甫(とほ)は「富貴を求める人間」に勧めたのが読書、勉強。「富貴は勤苦して読書することによってのみ得られる」。また北宋の皇帝真宗北宋三代998-1022)は「書中自ら千鍾(せんしよう)の粟有(ぞくあ)り(書物の中には、食べきれないほど(千鍾の粟(穀類))が埋もれている。粟は田圃にだけ生えているわけではないのだ。」。家を富ませるのに、良田を買う必要などないというのです。この言葉を聞いた後の北宋の大宰相、王安石(おうあんせき) (1021年〜1086年、神宗(第6代皇帝:位1067〜1085)の政治顧問)は諸手をあげて賛成したと言います。
「書物を読めば万倍の利」として「読書はなにごとにも増して、最高に儲かる(万倍利)。」といったそうです。利とは常に活き活きと不安無く暮らせることです。
「習慣は才能を超える」と私は信じています。孔子は「性 相近し。習 相遠し」と教えるように、「習い性」となることが大きいのです。習いは精神の停滞を引き起こさず、いつもイキイキとして情熱を失わせないのです。私も年が明けますと68才、いよいよ盛んな気持ちです。
老子の「常の道は道に非ず」という教えにも力がわきます。これでなければと決まっていないのが道だと、まだまだという大器晩成という教えも勇気をもらえます。だからこそ学校の成績がどん尻でも今があります。じっくりと自分の人生を見すえ、目の前の物事に真摯に向き合い分相応に、身の丈に合った生き様に目覚めさせてくれたのも心学です。心の学を学ばず、自戒を知らず分不相応に身の丈を超えて挫折された方を拝見しますと残念でなりません。
一年ありがとうございます。今年はよい年だったと思われている方も、また今一つ良くなかったなと感じておられる方も、すべてご破算にして新しい年を迎えましょう。双方共に過去に縛られていたのでは新しい発想とは成りません。
今夜は11時半より一年に感謝して祈ります「除夜祈願護摩、迎年護摩」を修します。すべてを護摩の火で滅し新玉の神をご一緒にお迎えしましょう。祈り学びは年々歳々繰り返してこそ神に通ずるのです。富貴を求め祈りましょう。富貴とは手につかめる物に非ず、壮大な思いのエネルギーです。皆さんのお陰で素晴らしい一年でした。よいお年をお迎えください。
 
世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
 私たちは東日本大震災の復興、豪雨災害の復興を祈り応援します。
愛媛、八幡浜一生園のOさんから鏡餅の上にお飾りします橙と、お正月に参拝されます皆さんにと昨日日本一美味しいミカンを送っていただきました。Oさん感謝です。