自分に素直

おはようごいざいます。

今夜は「にんげん学」小倉講座「老子を読む」、老子は「がんばらなくてもいい」と教えます。自然に歩めば成長し繁栄すると教えます。それがTao、道ですよと、それを「無為(あるがままにして作為しないこと)」と老子はいいます。「がんばらなくてもいい」というのと「精進の必要が無いというのとはまったく違います」のでお間違いありませんように。
まあ言ってみれば「自分に素直になって暮らそうよ」ということです。「自分を素直に育てようよ」「背伸びしたり、見栄を張って暮らすのはやめようよ」そうすれば「疲れないよ、いらいらしないよ、敵も作らないよ、敵愾心も持たないよ、焦ることもないよ」、でも「豊かになり充実した人生で喜びに満たされるよ」と教えます。
せっかく夢を持ちながら「勝手にライバル心を起こし疲れるような独り相撲をとるな」と教えます。
無為に生きることはとても難しいことかもしれません、どうしても私たちは作為的に生きたがる、見栄を張りたがる、突っ張りたがる生き物だからです(やる気があることは決して否定しません)。
しかし無為に生きることを心がける価値は大いにあります。なぜなら私は勉強もできないにもかかわらず、運動能力も劣っているにもかかわらず作為的に生きて悉く自らを傷つけ、大恥をかく結果に終わったからです。その悲惨の状態の中から気づいたのです、競争すべきではない、見栄を張るべきではない、突っ張らない自分を生きるべきだと。
そのことがあって以後私は現実の目標を持ち、老子的生き方をしています。それは「競争しない人生を歩んでいるからです」。人に勝たなければと焦るより、「周りに翻弄されるより確かな自分でいたい」と思うようになったからです。中学、高校生活は最悪な状態だったことは否定しません、ですが、苦楽は半分という教えを信じ、悔しさをこらえ歩んだ結果、今楽しく充実した暮らしをしています。老子的生き方は「自己満足の生き方ではなく」、「自己充実感の生き方」です。「自分を育てるという大きな夢を歩むのです」。
荘子(そうじ)・徳充符(とくじゅうふ)に「明鏡止水(めいきょうしすい)」という話があります。以前は明鏡止水の言葉、意味すら知りませんでしたが、「人、流水に鑑(かんが)みるなくして止水に鑑みる」の言が明鏡止水です。
すなわち、「流れる水には姿は映らないが、静止している水には本来の姿かたちがはっきりと映る。心して冷静な自己判断をせよ。」という意味です
要するに「正しく己を知り、分相応な自分に目覚める」。この心境が一番楽しく有意義に暮らせるのです。あこがれを持ち、夢を持ち、志を立て、成る成らないに心悩まさずにイキイキと生きる心の在り方を説いてくれたのです。「であるべきだ」をやめなさいと、心に思ったことは「無為自然なことだから」、無為自然な正直な自分の思いを大切に歩めば「自分自身が自分自身に自然に成るぞ」と教えるのです。それが一日も早くとか、あの人よりも先にとか考え作為的になるから「自分で亡くなる」のだと明快に諭してくれています。
小倉講座の会場でお待ちしております。明晩は「にんげん学」神戸講座「論語を読む」、論語は「階段を一歩ずつ上ろう」という孔子の行動実学です。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
愛宕寺の玄関前の「沈丁花」少しだけ春の香りです。小倉駅をずいぶん長い間利用しているのですが、「祇園太鼓」が描かれていることに気づきませんでした、見ていないものですね?


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