共に

おはようございます。

同行二人(どうぎょうににん)という考えがあります。御仏と一緒に歩んでいるということです。側に自分の信じている人、教えと共に歩んでいるという思いです。
私は共にという言葉が好きです。共にいてくれると考えただけで不安がなくなり楽しくなります。「共に寄り添う」ということです。先になったり、後になったり、横に並んだりと、いろいろですが、このような気持ちといいますか、意識を大事にしたいと思っています。それも、共にしたいと思っている人に対し言葉を発せずに、静かに見守るという気持ちが好きです。そんな気持ちで多くの方々と接していきたいと思っています。
先日書きました、カメラも同じです。いつも手の内にあることで喜びと共に歩んでいると思える。教えも同じです。
言葉を換えますと「私心にこだわらない」ということです。私心というのは、「個人的な感情であり、自分一人の利益ばかりを考えている」ことであり、共にという考えからは遠いものです。これでは自分の利にならなければ「陰鬱となり、邪悪な心となり、殺伐とした感情になってしまいます」。
教えと共に在ると考えられるようになってから共にする人が一人、また一人と増えてきました。共にということは「分かち合う」ことです。人生悲喜交々という言葉もあります。悲しみ、喜びは前後してやってきます。そんなとき一人の人間として共に喜び、共に悲しむ人がいるのはとても素晴らしいとおもいませんか、共に喜んでくれる人がいるからこそ、やりがい、生きがいもなる。共に悲しんでくれる人がいるからこそ癒され、慰められます。
共にいるときは喧嘩もするときがあります。共にいるからこそかもしれません。共にいることのできる人といくら議論をしたとしても傷つけるようなことは言いませんし、しません、感情的にならないということです。それは大切だからです。
若いときに共に夢を語り合い、傷ついたときは涙を流し合い、喜びの時は歓喜し合い、そうやって話を聞いてくれて、助けられたからこそ今日があると共にしてくれた朋に感謝しています。人は自分が傷ついているとき話を聞いてくれる友が一番ありがたいのです。嫌な話しなど誰も聴きたがりません、それを聞いてくれた。
共にしてくれる人の存在を感じてから人間的に豊になったように思います。そして共にの思いを強くするようになってから「1、出会う人が違って来た。2、仕事や生き方がグレードアップしていった。3、情報があつまってくるようになった。4、チャンスが向こうからやってくるようになった。5、運が良くなった」ように感じています。
今日も共にの気持ちを大切に過ごします。皆さんもいかがですか?共にですよ。素晴らしい一日でありますように。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
北九州、遠賀水巻のTさんから「でかにんにく」を沢山お供えいただきました。パワーモリモリです。リンゴと比べて見てください。Tさんありがとうございます。

うっすらとした朝焼けです。

曇りの朝でも紫陽花は美しい。


お昼に他の場所で咲いている紫陽花。