気骨

おはようございます。

私はいろいろな方と出会い拝見しております。創業者の方、何か事業を新しく始めようとする方、改革を進めておられる方は、知識とか技術とかのことはおいておきまして、大概「気骨」があります。知識や技術は大事ではありますが、何か決めようとしたり、決断をしなければいけないときなどは、この「気骨がなければいけない」のです。人並みの知識のあるような人は「成功失敗に揺れて、前に進めない」「理屈倒れになる」のです。
気骨というものは「ある意味で創造力」です。「クリエィティブパワー」。新しいことをやろうとするようなときは、気骨が強くなければいけません。いわゆる「志気」です。これは一時的なものでは駄目で、生涯変わらないものではなくてはなりません。どんなときでも忘れないのが「志気」です。少しの障害でぐらつくようでは「志気とは言えず」、むしろ「志気があったから障害に出会った」くらいに考えなければいけません。
いわゆる「志操」です。己を確かにコントロールできる。ですから昨日書きましたように、「失敗したら隠さずに素直に認めようとしているかが志操というもの」です。一貫性です。これがいろいろな問題にぶつかり、その時折れたり挫けたりしてはならないのです。つまり、「締めくくり、決着をつける」「あっさり認める」ことが根本的に人間として大事となるのです。それがあってこそ「気骨となる」のです。
常に志を持ち、理想を持ち、それはつねに生活を創造していくものだからです。それには一貫性をもって、いかなる障害があっても乱れない、その問題を確かに締めくくることが大事です。
小さな事だからといって、責任を確かにしなければ、志とは言えず、気骨などできるはずもないのです。
人間が利口とか、知識があるなどということは、ある意味、枝葉末節であって、世間には「あの一流大学を出たのにね〜」などという話しはいくらでもあります。花がきれいとか、枝振りがいいということでは駄目、要は、根や幹が人間としてできているかどうかなのです。
いくら知識があっても、他者を認めず、経験も知ったことしかしないようでは、つまらない人間となってしまうのです。明日は「にんげん学」一宮講座。しっかりと気骨を養う「心学」です。会場でお会いしましょう今日も素晴らしい一日でありますよう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌