六波羅蜜を修める

おはようございます。

今日から一週間、春のお彼岸。先祖様へ感謝の祈りを厚くするのが彼岸。午前10時から下関・愛宕寺「春季・彼岸会法要」を厳修します。おまいりください。
先人には頭が下がります。春秋の彼岸は、太陽は真東から昇り真西に沈みます。古人は直感的に自然現象に素直だったのでしょう。理屈抜きで畏敬する姿が偉大です。今日の人間が人間的な器が小さくなった原因の一つは、自分が理解できなければ存在を認められないというところにもあるのかもしれません。
明日あることを心から願い素直に西の世界に手を合わす。それは、今日一日が幸せな一日だったからに相違なく。今日の一日を感謝、素直に明日も良い一日をと願った自然な行為。今日一日が不幸と感じている人は、明日は来て欲しくないと考えるのではないでしょうか。それこそ不幸なことです。
先人はお彼岸に今日の幸せをご先祖に感謝することで、人生を充実させ、ご先祖様から受け継いだ家運を安泰にするため、修養することを思い立ったのです、素晴らしいことです。それは誰でもできる六波羅蜜行(ろくはらみつぎょう)を修することでした。ご先祖に感謝するために何を為すべきか、それは身を修めることが子孫の勤めだとした。
素直に六波羅蜜を行じる一週間としましょう。六波羅蜜とはサンスクリット語のパーラミター pāramitāの音写「彼岸」のことです。六波羅蜜とは、
(1) 施しという完全な徳 (布施波羅蜜)
(2) 戒律を守るという完全な徳 (持戒(じかい)波羅蜜)
(3) 忍耐という完全な徳 (忍辱(にんにく)波羅蜜)
(4) 努力を行うという完全な徳 (精進(しょうじん)波羅蜜)
(5) 精神統一という完全な徳 (禅定(ぜんじょう)波羅蜜)
(6) 仏教の究極目的である悟りの智慧という完全な徳 (般若波羅蜜) です。
六つを書きますと何か難しいように思えますが、毎朝お茶、お水、お花、灯明を灯し、ご先祖様へ祈りを捧げることです。それが六波羅蜜を行ずること。パーラミターという音はどこかで聞いたことがあると思われませんか、そう、毎日読誦します摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)です。
摩訶般若波羅蜜多心経とは正しく「彼岸に至る聖典」という意味。日々心から唱えましょう。お唱えすることが幸せです。彼岸とは彼岸(幸せの世界)に行くと信じ行ずるあなたの心の世界。
信じ行じ暮らす人が発するオーラは周りを照らし、喜びの多い出会いがもたらされ、充実する仕事も人間関係も自然ともたらされます。
何故でしょう。いつも書いています。「言葉は結果を示しています」。私たちは結果、目標を信じ、真っ直ぐに行動します。成るか成らないかわからないことを行ずるのではなく、聖典は成ることを説くのです。
だから自信を持って信じ行動します。その「過程に於いて繁栄がもたらされ」、目指す彼岸、繁栄の世界が現実となるのです。過程とは「今」のこと。人生は「今の積み重ね」。このことを確かに実感・体感し一層楽しくなり、退転しなくなるのです。
今日から一週間普段より少し意識を深くし布施行を行いましょう。「人を当てにして待ってはなりません」。人の施しを待つようでは何も得られないのです。日々楽しい愉快な彼岸の暮らしをしましょう。すぐできる布施行は笑顔です。素晴らしい一日となります。
素晴らしい習慣だと感じ、共鳴した一人の人から人へと、こだまのように現在まで伝わり、今や全国でお彼岸の法要が行われています。伝えられた法事を信じ行ってきた先人の素晴らしさに私は感動しています。
今日も全国からお寄せいただきました、ご先祖様へのお彼岸の追善回向を心から修します。皆様ありがとうございます。ご先祖様を讃えることほどの幸せはないのです。良い一日をお過ごしください。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
☆皆様をご本尊様はもとよりお花もお出迎えします。