共にの心が

おはようございます。

4月、卯月(うづき)、陰暦の名称は風情があります。思い、イメージは自分だけが描くもの、大切にしなければいけません。今月もよろしくお願いいたします。今朝は昨日からの雨が残っていて、雨のスタート、慈雨です。脚下照顧(きゃっかしょうこ)、足下を大切にしなさいという天意と受け止め、周囲の方々に感謝できる4月をスタートしたいですね。
卯の花が咲く季節なので「卯の花月」、卯月の「う」は「初(うい)」「産(うむ)」を意味し「う」で、一年の循環の最初を意味したとする説もあります。その他、稲を植える月で「植月」が転じたとする説もある。
このような意味合いから4月を年度初めと先人は決めたのです。いかに自然と一体となり一年を暮らしていたのかがうかがえます。循環を大切にしていた証。精一杯暮らし、どのような結果が生じても、天を怨まず、人を怨まず、人事を尽くして天命を待つ、潔い人間性を養った。だからこそ、素晴らしい人として「人になさなければならない伝承が今日まで伝えられた」。
世界各地で人間の都合で人為的な施策で社会を動かそうとする気配を感じます。昨今の動きは、上位者が正しく、下位にいる者は従えば良い、というように感じてなりません。
社会、自然は「共存共栄」。一つだけ、一方だけ繁栄するという事はあり得ません。私たちの世界は「目の前」、私という一人称は「小さい、少ないと考えてはいけません」、卯月の名称のごとく、「初」「産」なのです。「一人が物事の始まり」。一歩は「偉大な一歩」「積小為大」。不平を言わず、社会を明るく楽しくするための一歩を私は目指したい。そのために先ず「身近な人と共にを率先」。
共に、生き。共に笑い。共に泣き。共に喧嘩し。共に仲直り。あなたがあるから私が、私があるからあなたが。という共にの社会、世界を目指します。人生に道連れがある、互いに滑ったり転んだり、泣き笑いする。このような人生が良いのでは?正しい正しくないではなく、「認め合う」「認め愛」が共にではないでしょうか?、気を楽に、「それでいいのだ」という天才バカボンのお父さんのように。
明日は4月第一日曜、心華寺「月例・幸福開運護摩祈願祭並びに花祭り」。共にの実践する日です。たった一人のお釈迦様のお誕生を祝福いたします「花祭り」。お釈迦様は、お生まれになられ、すぐ立ち上がり「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)と大音声で言い放ち、天地を指さし七歩、歩まれました」。それは皆尊い存在、共にする存在だと大音声で叫ばれたのです。七歩、歩まれたのは「命の中に自分の足で歩むことができる徳があることを示された」。
何か事を為せば人と比べれば「遅早」「高低」「大小」「有無」等々の違いがあります。このような比べることでの愚かな優劣に心を奪われるなとお釈迦様は説かれました。
「違いがあって社会は成り立つ」のです、それが共にです。遅速があって一年中花を楽しめます。高低があってバランスが整います。大小も同じ、有無があって楽しい。
明日はピカピカの一年生の皆さんを共に祝福させていただく日です。ちびちゃんがいるから未来が安心、後進の人がいるから安泰、このように、ピカピカの一年生の皆さんは私でもあるのです。
皆さん私たちは小さい人間でも、力のない人間でもありません。豊かな思いを持つ、共に歩む人をと祈る、この心が無限の広がり、勇気となるのです。明日はご一緒に祈り愛を。
今日の一日が素晴らしい一日となりますようお祈りいたします。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
☆桜がちらちらと。





花祭りに「飴のお花」のお供えを大阪のTさんが。