相対的評価からの脱却

おはようございます。

人生充実必勝の法「にんげん学」大阪講座「老子を読む」ご出席の皆さんありがとうございます。
暑かったですね、しかし、そんな中でのご出席嬉しかったですね、暑さをしのぐ熱さ、心が爽やかでした。
昨日の老子第2章「お互いがあってこそ、意味をなす」字句だけを見れば納得できるのですが、現実問題としていかがでしょう。「相対的評価では物事の真価は測れないのです」が、感情がこれを許さないから、いろいろな障害を招くことになる。
老子は、自分が置かれた境遇によって「心が大きく影響されないようにするため」は「順境は喜ぶほどのことはなく、逆境も心配するほどのことはない」という心構えが必要であるとするのです。
人生には山もあれば谷もあり、浮くときもあれば沈むときもあると考えるのがよいということです。
「辛い日々が続いており、気持ちも沈んでいる」という人もいれば、もっと大変な思いをしている人もいます。このように書きますと「他人事だと思って」と批判する人もいますが、「自分よりも大変な思いをしている人もいると考えることで、前向きに生きていく力がわいてくる」というものです。
春秋戦国時代の子文(しぶん)は楚国(そこく)の宰相に三度任命され三度罷免されましたが、そのたびに表情を変えずに淡々と自分の役割を果たしたそうです。これは彼の「心が平静そのものだったからです」。
子文は度量が大きく、一時的な損得を争うことの無意味さがよくわかっていたのです。本来失うべきものであれば、たとえ、争っても得られるとは限りません。得られなければ余計に心がみだれるばかりで何の益にもなりません。それならば、多少の損など無視するほうがよほど精神的な負担がなくて健康的なのです。
高低、長短はお互いがあるからこそ引き立つのです。前後もお互いがあるからこそつながるのです。有と無は両面性として成り立つのです。
道、Taoには主観的な好みはなく、高低、長短、善悪などの区別はなく、すべて同じなのが道、教えです。上下、高低、前後などの価値判断を生みだしたのは人間自身、自分自身。知識で知ったとしても、感情でこの事実を体得しなければ、誤った価値観で自分を苦しめ、他をも苦しめることとなるのです。相対的評価、相対的価値観という呪縛から解放されましょう。
昨日から開塾しております。今時の寺子屋「少年・少女親子塾」、初体験の子供たちにはとても大変だと思いますが、元気に過ごしております。明日までの二泊三日の合宿、きっと何かを得て帰ってくれることでしょう。
ご家族の皆様元気に過ごしております。始まれば終わるという体験の中から、きっと何かをつかみ取ってくれることでしょうご安心下さい。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
☆昨夜の「にんげん学」大阪講座へ毎月お茶菓子をお持ちいただきます伊丹・寶樹庵のYさんありがとうございます。「芋時雨と麩まんじゅう」です。Yさんごちそうさまでした。

☆近くの蓮池で。先日よりずいぶんと花が咲きそろいました。そうです、相対的評価から解放されてじっと見れば、同じ蓮池の花も咲く時期が違っても美しい花が咲くのです。相対的価値観で自分を貶めないことです。



NPOこころのはな「子ども食堂」で使ってくださいと八幡浜のOさんが沢山の野菜を送ってくださいました。Oさんありがとうございます。