無常を知り楽しく暮らす

おはようございます。

心華寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」おまいりお手伝いありがとうございます。祈り愛、信じ愛、うれしいこと、楽しいこと、幸せなことが祈り愛、信じ愛です。この「思いで暮らすことが豊かな自分自身を作っていく」のです。身近な幸せは一番充実する暮らし。
我を出せば不幸になり、愛が去って行きます。「我とは、何を思っても不満な思い、何を手にしても楽しめない思いのこと」です。
お互いがお互いの幸せを祈り愛い、これが幸せです。「なる、ならないなど思わないのが幸せの秘訣」、いつも未来を信じ祈る暮らしが幸せで、楽しい。このように暮らせばいつしか物心共に豊かに成っている、ありがたい。自然な日課が素晴らしい利他の精神を養い無理なく身にき、じわじわと感じる幸福感、日々この嬉しさを味わっています。
未来につながる今に不満を持つのは疑いの人生を生きること。このようでは幸せの女神はやってこない。仏教聖典にこのような話があります。
「ある家に、きれいな一人の女性が訪ねてきました」、その家の主が「どなたでしょうか?」と尋ねると、その女は、
「わたしは人に富を与える福の神です」と答えました。「主人は大喜びで招き入れ手厚くもてなしました」。
すると、すぐその後から、粗末なみなりをした醜い女が入ってきました。主人は同じように「どなたでしょうか?と尋ねました」。すると「貧乏神ですと答えました」。主人はビックリして追い返してしまいました。そうしますと、貧乏神は帰るとき「私がいなくなると先に来た福の神もいなくなりますよと言ったのです」。福の神を案内した部屋に行ってみますと福の神の姿はありませんでした」。いかがですか、この教え。
この話は、無常を説き教えているのです。幸いがあれば災いがある。善いことがあれば悪いこともある。私たちはこのことを知らなければまりません。利他を知らない人は、ただいたずらに、災いをきらって幸いだけを求めます。我欲にだけ走り不幸を生きるのです。
今、何も無いから、得ることができるのです。得れば無くなるのです。この繰り返しが道理です。無は有の元、有は無の元。春に芽吹き花が咲いて実りの秋を迎え、冬には必ず枯れ又一からやり直す喜びです、暮らしとはこの繰り返し。一度ご飯を食べたからそれでお終いということはありません。豊かな家庭を作っていく人は、次の食事はもっと美味しい物を作ってあげたい、作らせてもらおうとする無意識の利他です。
私たち信を持つ者は、有無で一喜一憂しません。日々道理、教え、導きを信じ感謝の心でポストにベストを尽くしイキイキと愉しく暮らします。目の前の仕事は宝の蔵。汲んでもくんでも尽きない幸せの泉が利他、祈り愛、信じ愛。新しい週も信じ合う幸せを過ごしましょう。
明日は人生充実必勝法「にんげん学」大阪講座「老子を読む」、「にんげん学」も一ヶ月の一つの日課日課こそが豊かな人生と化す秘法です。会場でお会いできるのが楽しみです。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
☆厳粛な護摩法要後は皆さんと楽しく童謡の合唱です。Iさんピアノありがとうございます。皆さん楽しいひとときをありがとうございます。来月もしっかりお祈りをして楽しく歌いましょう。







☆有志の皆さん早朝からおまいりお手伝いいただきありがとうございます。お供養ごちそうさまでした。




滋賀県守山からおまいりのSさんの「長寿小咄し」、大笑いをして楽しませて下さいました。