苦諦

おはようございます。

先日定期検診に行きました。健康なときには健康のありがたさに感謝ができず、病を得てようやくに感謝しなければと思うに至っています。いやはや恥ずかしい限りです。
健康なとき感謝することが大事だというお話を皆さんに平然と言い放ち、病を知ったとき、愕然として落ち込んだことを思い出します。いかに感謝が足りなかったかです。
私たちは「願わないのに病み、望まないのに老います」。お釈迦様が説かれたお経は、ほとんどが、弟子や大衆に尋ねられて答えるというものです。
そんな中で、お釈迦様が自ら積極的に説かれたのが、四諦(したい)という教えです。そういう意味では四諦こそ仏道の根本であるといえます。
「諦」という字は、現代では「諦める」という意味になっていますが、ここでいう「諦め」とは「中途で断念して努力を放棄するということではなく」、「ものごとの真実のすがたを、明らかに知る」ということで、「明きらめる・明らかにする」という意味で用います。つまり、四諦(苦・集・滅・道)とは、四つの真理ということなのです。
この四諦の教えは、「人生は苦である」という真理から始まります。
「修行者たちよ、人生は苦である。生まれることは苦であり、年をとることは苦であり、病気をすることは苦であり、死ぬことも苦である。これが第一の真理、苦諦である。」(四分律)。
私たちは、人生は苦であるなどといわれますと、それはいかにも悲観的で、暗い考えのように思ってしまいます。しかし、生まれたものは必ず死ななければならないということは、悲観的とか楽観的という以前の、まぎれもなく動かしがたい事実なのではないでしょうか。
ここで注意しなければならないのは、「苦」というのは「苦しい」という意味ではなく、「思いどおりにならない」という意味だということです。「人生には苦しいことがたくさんある」という教えなら、「そんなことはない、楽しいこともたくさんある」ということも成り立ちます。
しかし、「人生は苦である」という教えは、苦しい事が多いという意味ではなく、すべてが「私の思いどおりではないという事実を指摘」しているのです。
苦もあれば楽もあるのが人生でしょうが、それは私の計画通りに、順番にやってくるのではなく、思いがけないことが思いがけなくおこるのが人生なのだと、教えているのだと、最近は苦諦を受けとめています。
病院に通う道中にも楽しみも悦びも多くあります。病院の中でも沢山あります。苦諦をようやく実感したような思いです。
今夜は対人関係の指南書・人心掌握法「にんげん学」一宮講座「新・論語を読む」、明晩は人生充実の必勝法・克己の学「にんげん学」東京講座「老子を読む」です。心学を師友と友に楽しく学びましょう、じれに楽しみ。各会場でお待ちしております。
昨日開店しましたNPOこころのは「子ども食堂」ご来店ありがとうございます。次回の開店日は来週11日(水)午後4時から7時です。ご予約をお願いします。0774-45-5561です。小学生以下は無料。中学生以上保護者の方は300円ちょうだいします。予約後のキャンセルの場合も必ずお電話を入れて下さい。11日の正午までご予約を受け付けています。
今日も互いに支え合い楽しく過ごしましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
※どのようなことでもご相談下さい。電話:0774-44-5380。メールbonsan01@wao.or.jp
NPOこころのはな「子ども食堂」67名のご来店ありがとうございます。次回開店日は来週11日(水)となっております。ご予約下さい。0774-45-5561までお願いします。