不器用なほうが

おはようございます。

私は不器用な人間です。だからというわけではありませんが、世間を広く見渡しますと、人間「不器用なほうがいい」と感じています。それは何故かといいますと、
超一流と呼ばれている人たちは、たいていが不器用だったと話しています。それは、なぜか。不器用な人は、「努力の大切さを知っているから」です。不器用だから、「器用な人の何倍も時間をかけないと、一人前になれなかった」。だから、「何倍も考え、何倍も工夫する」のです。
器用な人の何倍も時間をかけないと、「一人前になれなかった」。だから、何倍も考え、何倍も工夫する。一人前になっても、何倍も、何倍も繰り返す。習慣が上達するのを身体が知ってしまった、悦びを知ったのです。
一人前と一流とは違います。
器用な人は早く一人前になりますが、「そこで努力をやめる人が多い」。不器用な人は「そこから努力を続ける」のです。努力をして一人前になった悦びを知っているからです。
努力を続けているうちに「一人前から一流へと変わっていくのです」。努力をしましょう皆さん、自分のためです。
中庸(ちゅうよう。四書の一つ、「大学・中庸・論語孟子」)第20章に道に誠を尽くす人の学ぶ姿勢が説かれています。
「・・・人一たびしてこれを能(よ)くすれば、己これを百たびし、人十たびしてこれを能くすれば、己これを千たびす。
果たしてこの道を能くせば、愚と雖(いえど)も必ず明らかに、柔と雖も必ず強し」。と。
目標を立て、学ぼうとすれば、必ず目の前に高い壁が立ちはだかります。中庸のこの章を読んだときの悦びは未だわすれません。
「おなじ事を、他人がたった一度でよく成し遂げるならば、自分は十度やってみるほど努力し、他人が十度繰り返して実行できたことなら、自分は千度試みる努力を惜しまない。この、人百倍の努力を確実にやり了(とお)せる人ならば、たとい天性愚鈍の人間であろうとも、実践の上で明らかに体得できよう。意志の柔弱な人であっても必ず剛強の心を鍛え得るであろう、云々」。
中庸を説かれた孔子でさえ、このように努力をしたのです。不器用な私に光明が差した一瞬でもありました。
器用に早く何事もできることはもちろん悪いことではありません。この年になって言えることですが、勝敗にこだわったり、評価にこだわって自分で人生を放り投げてはいかんのです。桃栗三年柿八年、梅は酸い酸い十三年、柚のぼけなす18年でっせ、皆さん、真底から悔しさを感じているのであれば、自分から逃げないことです。
昨日は旧のお正月でした、今日からもう一度再スタートを切りましょう。良い週末をお過ごし下さい。研修生の皆さんは夕方までご精進下さい。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。
「仕事運が良くなる」日々の徳目、慈悲の心を持つ(思いやりは勇気)・質素倹約(物心両面のゆとり)・謙虚な心(争いを生まない)・一隅を照らす(ポストにベスト)。 合掌
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