蓮の花

おはようございます。

故郷で楽しく過ごされておられる方も多いのではないでしょうか、寺にも昨日から二組の親子連れが来ております。
良いですね、修行体験を親子でなさる、
修行は一生するものですし、基本は変わりません。いつでもいつまででも通じるものです。
基本を失わない人が生涯を通して輝くのです、
子供の頃早く大人になりたいと考えていました、今頃は年は取りたくないです、勝手なものです人間とは(私だけですかね)。

お盆のお参りを各家庭でもなされたと思います。お盆のお供えは蓮の葉の上にお供えをしますが、蓮は仏教のシンボルでもあります。

何故蓮がシンボルなのでしょうか、色々と理由は有りますが、先ず「花果同時(けかどうじ)」が上げられます、
花が咲くと同時に実を付ける(他の物は花が咲いた後に実が付く)、ということです。
私たちは「生まれながらにして素晴らしい性質、花を咲かせ実を付ける素晴らしいものを持って生まれている」ということを象徴しているということです。
果実は種であり、その種を蒔けば又芽吹くという「連続性」を表すのです。

また泥中、汚れた中でしか咲かないということです。故に何にも犯されず、本来周囲に惑わされず、花咲かせ実を付けるということでにシンボルとなったのです。

私たちは何か嫌なことがあったり、汚れ仕事や辛いことを避けようとしております、避けて良い結果が出るかといえば、そうはならず、一層辛い現実となってしまうということが多いのです。
そこで蓮の花のように、どんなに辛いことや一見汚れ仕事のように思われることでも自分を見失うことがなければ「花開く蓮のように」進みなさい、歩んでいきましょう、ということで蓮の花をシンボルとしているのです。

人生は「イメージすることが大事だ」とはよく言われるところです、私たちは日々の中で蓮を見て御仏の教えを信じイメージして潜在意識としているのです。
自分の人生をイメージしながらイメージ通りにならないということは、現実の苦しさの中でイメージを自ら壊し現実に負けるということです。
人は誰しも苦しいことや辛いことは嫌なものです、しかしこのことをクリアーすることが一層の信頼となることは間違いのないところです。
蓮をイメージして現実から逃げることのない人生としましょう。
一度クリアーすれば何度でもクリアーできる意識が完成されるのです。
逆に一度逃げると逃げの意識がインプットされるのです。そうしますと常に逃げのアウトプットの行動しか成らなくなります、故郷で幼い頃の想い出に浸って青雲の志に燃えた日のことを思いだし、日々良いイメージを作るために努力をしましょう。

今夜は「にんげん学」京都講座です、志に燃えて学びましょう、会場でお会いしますことを楽しみにしております、お友達を誘ってご参加下さい。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。       合掌