熱意

おはようございます。

涼しくなりましたね〜何かホッとします。毎日を過ごすことに変わりはないのですが気温というのは大きな影響があるようです。
このことは人の関係においても同じようなことが云えるかも知れません、情熱がある、熱意を感じる、冷たい等々色々な言葉で人の心を表現します。皆さんも熱い思いを抱いて日々を過ごしておられると思います。
熱意を日々どのように示しておられますか皆さんは、私の場合は叡山での小僧時代から早起きが先ず第一、そして上司(師匠や先輩)の動向に気をつける、この二つに絞っておりました。外部の人に対するよりも先ず自分が仕える人に熱意を以て接するということです。
経験も体験も少ない時には一層身近な人に対する情熱が必要だと考えたからです。何故そう考えたかと申しますと、師匠の所にお出でになる信者さんにはどのような「対応」をすることが良いのかは皆目分からないためであり、自分勝手に応対できるはずもないからです。先輩に対しても同じ事が言えます。
身近な人に対するとき熱意を以て接することが信者さんや外部の人に間違いが無く接することが可能となり、また次に来られるときの対策も講じることが出来るからです。
「熱意とは感じて貰うのではなく、示すこと」が肝心なのです。
熱意を出すことが出来ないと言うことはある意味では「夢を持っていない」とも言えます、または「情熱を発揮するための条件を勘違いしている」のかも知れません。チャンスはどこにあるかは分かり得ません、分かっていても自分が選んだ「眼前」に「力を尽くす」ことをしなければ「伝わらない」のです。
風邪を引いて熱が出るのは自分です、同じように熱は自分で出すものだと変な考えかも知れませんが、私は考えております。
よ〜し今日も「アイタタァ〜」と言いつつも熱意を以てまっしぐらに突き進みます。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。     合掌