目標を高く

おはようございます。

昨日は弟子・誠澄の懺悔練行が始まるために夜中の0時半に起きて見送ってからまた少し休むということでしたので久しぶり日中は眠いという感じで昨夜は早く床に入り、お陰で今朝はスッキリです。
今も誠澄は歩いているわけですのでこんな事は言ってはおられないのですが、「行」とは厳しいものです。
何度くり返しても厳しいものは厳しく慣れることはありません。だからこそ「行」というのでしょう、ですから「達成感」はやはり大いにあるわけです。
行の素晴らしさは「集中」できる、ということにあります、「よし、やるぞ」という「気力を出さなければ」できないからです、一呼吸置いてやる、「意識する」ということでしょうか、その上で達成する故に「満足感、達成感」がある。
何度行っても「身に付くことは無く」くり返すことの大切さを「体感」できるのです、若いときに厳しい行をしておりませんと、年令を重ねれば日常の生活がダレてくるのです。
何事でも同じように「目標は高く掲げていないと」意識は低くなるものです、このことは「自身の問題」ですので一層大事になります。
人生は誰のためでもありません、自身のためであり、自分に妥協をしたときからそこで人生は「停止」してしまうことでしょう。
誰との競争でもないのが人生です、しかし「自分自身にチャレンジする人が」やはり周囲を見廻しますと「輝いているのは確か」です。
弟子の姿を見ておりますとその輝かしさがまぶしいくらいで、羨ましくも思います。
かつての自分をそこに重ね合わせますと、私までが、よし、という気になるのが不思議です。
皆さんも自分の目標を高く掲げて輝いてください。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。       合掌