心を表す語

おはようございます。

昨日は穏やかな休日でした、もちろんお寺は休みではありません、朝の書き込みが終わった途端信者さんが来られて忙しい一日のスタートでした。
毎朝お参りに来られる方がありますので休日にすることはできません、昨日の「大学」の語、音読して味わって下さいましたか、何度も読みますと、「そうだそうだその通り」と納得する「語」です、今夜は「にんげん学」京都講座、論語をご一緒に音読し、味わう語を増やしてください。
「こころ・気持ちを表す語」は抽象的ではありますが、そのことが「心に余裕と潤い」をもたらしてくれることは確かです。
人は何かしらに行き詰まったり、悩んだり、どうしようもないという状況に立つときがあるものです。論理的世界で社会は成り立ってはおりますが、人間関係となりますとそこに「情」が入ってくることは当然です、ですから論理的には割り切れない問題が起きるのは当然といえば当然なのです。
そこで「思い、心のベース」を「何に置くか」が大切なのです。思いを理屈、論理だけにおきますとどうしようもなくなる状態を引き起こす確率が高くなるのです。そこで「心を知る、にんげん学」が必要となるのです。
「心のメカニズム」を理解しておりませんと、論理的思考だけでは解決が出来ないのです。
人は人と衝突するのは何故でしょう、「思いやり、仁」の欠落、それと「理屈の衝突」から起きる、我を張ることからです。
価値観に違いがあることは知っていながら、相手を理解しようとしない「我」、我を決して悪いとは云いません、ですが人様と衝突するような我であってはやはりよくないと言わざるをえません。
確かな目標を持ちながら人様と衝突死して方向を変えなければならなくなる、というような愚かな事態を引き起こさないためにも「心を表す語・心を保つ語」を持つことが大切なのです。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌