端緒(たんちょ)

おはようございます。

昨日はとても暖かな一日、夕方に第一陣の研修生が元気に帰っていきました。うって変わって今朝は雷鳴がとどろき、どしゃ降りの雨です。若者達に何かを訴えているのかも知れません。
人は悲しむという気持ちを持っていながら、現実に悲しむことに遭わなければその心が起きないという悲しみがあります、というよりもやはり悲しいことがあるとは知ってはいても現実、目の前にそれが現れなければ悲しむことは難しいことなのでしょうし、又そのような場面にあった場合にはだからこそやはり大いに悲しむことが人情ではないでしょうか。
私はテレビなどを見ているとよくもらい泣きをします、「情緒(じょうちょ)」という言葉があります。とても素晴らしい言葉です。「端緒(たんちょ)」という言葉もあります、どちらにしても「チョットした僅かなことに接したり、見たりして感じる心」のことをいいます。
情緒、端緒どちらも大切にしたい「心情」です、一昨日叡山下山来30年お付き合いいただいたお隣の方が亡くなられました、とても悲しいことです。信者さんが一人もいなかった時から何かとお世話になったお方。
生者必滅、会者定離の理とは申せやはり悲しいことです。今心華寺では社会に新に踏み出した若者達でいっぱいです、そんな中での別れ、枕経そして昨夜のお通夜そして今日のお昼からの告別式と、務めとはいえ悲しいことです。
誰も手伝う人もなかったときには色々とお世話をして貰いました、そんな中から沢山の気づきをいただきました。一言では言い尽くすことの出来ない愛情です、ご一緒に巡礼も何度も行きました。
このようにくり返される別れがある度に「今日を大切に在りたい」との思いが募ります、今心華寺に来ておられる若者達にも少しの触れ合いの中からでも「愛情を感じられるような人生」、情緒ある人生、端緒から思いやりを感じられる人生を過ごしてもらえれば社会の中で今日起きている様々な忌まわしい事件も少なくなり、思いやり溢れる社会になるのではないかと大切に思う方と別れをして思っております。

世界平和をお祈り致しましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。    合掌