補い合う

おはようございます。

今月もご愛読ありがとうございました。今日一日しっかりと過ごしましょう。
先日約三ヶ月修業していました青年が帰っていきました。別れは最初から分かっていたことですがやはり寂しい思いをしております。
嬉しい気持ちと寂しさの混じった気持ちは嫌いではありません、大事にしたいとも思っております。
今までもこれからも共に暮らす人はあるでしょう、私は「共に」という気持ちを大事にしています。それも「一生」という気持ちです。
一生とは「長い時間、いつまでも」という気持ちではなく、「必ずある別れの時まで」という気持ちです。
共にある、生活するということは「支え合う」ということです。
家族でも会社でもこの「支え合う」という気持ちが大事だと思っております。支え合うことは「補う」ということでもあります。
支え合う、補い合うという心がなければ待っているのは「争い」であり「破滅」でしょう。生活も仕事もそれぞれ「分担し合って成り立って」います。分け合って一つのことを完成する、その上に生活が成り立つ。
修業に来た人たちとも分担し合い、支え合い、補い合いながらの生活です。
私、指示する人、される人の対立関係ではなく、「互いが互いに必要という関係」、共存するということです。
皆さんは、この世は変わるものと、変わらないものがあることはご存じのはずです。変わらないのは「真実」です。変わるものは身近でたとえれば立場です、立場は永遠ではありません。
教える者が永遠に教える者ではなく、教えられる者が永遠に教えられる者でもありません。このことを真に体感、覚っておく必要があります。
このように真理から見ていけば何が見えてくるかと言いますと、人と対するときは「尊敬の念が大事だ」ということです。
生活(経営)するということは互いの尊敬がその心根になければならないのです。生活するためには相手に不足を思い、足りずを不満とするのではなく、「補い、支え合う」という「共存の心が」大事なのです。
一生共にという気持ちで修業に来られた人たちと生活しておりますと、別れの時に感じる寂しい気持ちの中に、温かい気持ちがわき出て、又会いたいと心の底から思うのです。
これは私の気持ちですが、会社経営も不足を言って経営が繁栄する姿はこれまで見たことはありません、
繁栄する会社はみな補い合い、支え合う会社の気風があってこそでありましょう。修業に来た彼に沢山サポートしてもらいました、感謝して余りあります。
今月も素晴らしい一ヶ月でした、皆さんありがとう。

世界平和をお祈りいたしましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。         合掌