お陰様の心

おはようございます。

愛宕寺「月例幸福護摩祈願祭」お参りありがとうございました。二日続けて多くの皆さんとご一緒の祈り、幸せでありました。
以前も書きましたが「幸福」の「幸」の意味は他の力によってもたらされる現実の喜び、体験したことや目の当たりにしたことで「このようにありたいと」思い歩んだ結果現実となり叶うことが「福」です。
幸せとは多くの人のお陰で「もたらされる」といえます。そして夢と為し自分が味わうことを「福」というのです。
一緒にあることの「幸せ」を多く感じる人が「福を沢山得られる」事となるのは言うまでもありません。
ただ単に功利的に一緒にあることを望んで得られるのではなく、積極的に主体性を持って一緒にあることを行動としなければ「幸福感は得られません」、先日も書きましたように「他の喜びを我が喜びと為す」で無ければならないのです。
価値観が個々に違うのは当然ですから、人を認め喜ぶということでなければなりません。
無限の「福をもたらす」のは「お陰さま」の心を大きく豊かにする事が肝心なことで、簡単なことです。
「お陰さま」、皆さんはこの思いをしっかりお持ちですか?いかがでしょう。いくらお金があっても物を作ってくれる人がいなければ一食もままなりません、全てにおいて同じです。
こう考えていけばお陰様の気持ちで、「他の人の繁栄を願うことがなければ」私たちの「存在そのものも危うくなる」です。
商品表示の偽装、誤魔化し、全て「お陰の精神が欠落」しているのです。神・天は見逃しません。天網恢々疎にして漏らさずです。
人の幸せを幸せと感じ、人を学ぶ(まねぶ・まねる)ことをして歩めば大いなる福が得られるのです。とても簡単で易行道なのです。毎日まねぶことで楽しく人生を歩みましょう。
明日は「にんげん学」小倉講座、ご一緒に「易行道」を学びましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。ありがとう・心に華を咲かそう。        合掌