やる気を失わないためには

おはようございます。

今月のご愛読ありがとうございました。お付き合いいただき感謝いたします。
今日は「やる気を失わないため」の「心の在り方」を書きます。モチベーションを落とさないために「理解しないと駄目だ」と思わないことです。
私はある時期からやる気を無くしたことがありません(こんな事を書くと慢心、傲慢のようにとられますが)。
一つにはやるしかないから、また理解することと、「事が上手くいくこと」とは「別だと感じた」からです。
なぜかと言えば「体得することが理解だ」と考えるからです。また物の本全てに「行動在るのみとも」書かれているからです。
思いー行動ー結果ー知的学習ー行動の繰り返し。
「これをやれば上手くいく」という漠然とした思考の本で私は行動理念としています(もちろん学ぶことはする)。何ごとの上達でも同じでしょう。
そして余りガチガチにならず「ケセラセラ」と考え「成ると信じ」明るく楽しく目標を目指す。暗いのは良くない、発想も偏り、人が寄りつかなくなるのが一番良くない。
人が寄りつかないと刺激が無くなる。流れのない水は腐る。
大体が人と同じ理解をしなければと考えるのがどだい無理な話、熱さ冷たさを感じるのも、個人それぞれの感覚は違う、個性が違う。だからこそ「こころの存在を知ることが大事」。
同じ物を見ていたとしても感じ方受け取り方が違う、だから物事への「アプローチは違って当然」、何も迷うことなどはない。
個々人の心での感じ方は違うのです。ですから「自分の心を信じ」行動する、が大事で、失敗したら又チャレンジ、これで済む。
そこから「得た結果」で、こうではないか、ああではないかという試行錯誤が「思いやりや新たな発想となる」。
大体が知ったくらいで事が出来ると考えること自体が傲慢。知って実行そして実現でしょう。それを繰り返す。
デジタルとアナログとはよく言われます。機械的にした方が道具にしても何でも使い勝手はよろしい、しかしその使い勝手の良さを「生み出す能力はアナログの感情」親切心から出るのです。
あなたは人様に親切ですか?。
「わからない」ということを「わからない」と「捉える感情からは物を生み出さない」。
それは自分の心を、「分からないことをわかっているという感情」にしてしまっているから「そこで思考がストップ」。この思いからは「何の発想も生み出さないことは明白」、だからやる気も喪失する。
分かる、分からないという「二元的発想」からはやる気は「生じ無い」です。
だから「分からないから駄目だと思うことを止める」。
悩むことが悪い、分からないことが悪い、違うことが悪い、人と同じペースでなければ悪いといった誤った観念に束縛されてしまいますと「やる気は失せる」のです。
「やる気はやる気」です。理解できずとも、「ああなりたい、こうなりたい」という自分の思いはハッキリしているのですから、理解していなくとも理解しようとして「いつかはなるさ」と「楽しいイメージを持って」明るく体を動かし実践、そこから感じ取って目標に向かえばいいのです。
やる気は自分の心ですから失うわけがないことを知りましょう。自分の人生のブレーキは自分であるなどということでは人生面白くない。
失敗も楽しい、私には成功したなどと実感したことは一度もありません、「このことを通してやれば」と信じて歩んだ中で沢山の喜びと楽しみ、多くの人との出会い、喜びを実感しています。
模索は楽しい。実に愉快、多くの仲間、同士との出会いがあるのです、多くの人は皆模索しているのです。
私は「ウサギとカメ」の話が大好き、何で好きかと言えば分かるでしょう、いや分からずとも結構、とにかく自分のペースで歩んだカメが勝ったということに拍手喝采しているだけです。
来月もよろしくご愛読ください。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌