意識と体

おはようございます。

「にんげん学」東京講座ご出席の皆さんありがとうございました。来月もよろしくご参加ください。11月は14日(金)です、一ヶ月予定をしっかりとクリアーしてご参加ください。
今朝は少しゆっくりとさせていただきました。最近疲れが体に残るように感じております。無理をしているつもりはないのですが体は感じているようです。
「意識と体は別、だがやはり一体」。
極端な言い方ですが、よく命と仕事はどちらが大事ということをいうことがあります、答えは「どちらも大事」です。これは秤にかけることは難しいのです。
人生の設計図は自分で描くことは可能ですが、その実現となりますと多くの人と関わりを持ってきますから設計図が時間通り、自分の思惑通りに実現がなるかといいますとこれが又難しいものがあります。
しかしやはり基本となるのは「自分の思いであることは間違いの無いところです」。このことを思って1日のスケジュール、予定を立てて進むしかないのです。
予定通りにならずとも予定通りのタイムスケジュールを以て進める努力はやはり必要です。このときに思わぬ体力や精神の消耗があるのです。この体力や精神の消耗を出来る限り少なくするにはやはり「意識によるしかない」のです。
「矛盾を矛盾ととらない」。
矛盾とは表現を変えれば「疑い」です、「何で」という疑いです。これだけやっているのになんでならないの、という「自分と相手に対する疑い」です。
「疑問、問うことはいい」。
問うことはいいことですが、疑いはよくありません。疑いからは何の問題の解決も見ないからです。解決することから離れるといってもいいでしょう。核心からどんどん遠ざかるのが疑いです。
「労多くして功少なし」となるのは「共に」という共感の意識の欠落から生じます。共に仕事をするというのは「お互いの能力を以て夢の実現に向かう」ということです。
同じ職場にあるというのは「互いの夢の実現のため」でもあるのです。この「意識がないようでは共感も生まれません」。
夢、目標を実現するには「行動に依るしかない」ことは周知のことです。じっとして事がなるなどと言うことはあり得ないのですから。
「目標の実現=行動」の図式は原理原則です。
意識をしたらやはり行動しかないという思いが強くなるはずで、その意識は矛盾を超え、無理という考えも超えてしまうのです。
ですから体が出した信号があったとき素直に休養をとり休むことも大切なのです。これは心身共にいえることでしょう。体も心も一体です、ですがやはり私たちは夢、希望、目標がありますから無理をしてしまうものなのです。
昨年倒れてから一年になろうとしております、昨日もご近所のIさんが忠告してくださいました、感謝して今朝はゆっくりとさせていただきました。朝寝が癖になりそうです。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌