随喜(ずいき)の心

おはようございます。

昨日から弟子・誠澄は早朝の草木も眠る丑三つ時から33キロの「懺悔練行(さんげれんぎょう)」を行じています、今朝はあいにくの雨、難儀しているでしょうきっと。是非皆さんも21日間歩いていますので「随喜(ずいき)」ください。
今日は管理職25名の皆さんの一日研修があります。休日を利用しての研修本当に頭が下がります。
「随喜は幸運を招く」。
人様を心から誉められる、尊敬できるようになりますと「新たな可能性の扉が開くこととなります」。また人間的にも人様を認められるということは器を大きくしていきます。
そうしませんと「人との出会いがありません」し出会ったとしても「縁とは出来ません」、また自身の成長もないのです。
真実の「まねぶ、学ぶ第一歩が尊敬の念」からです。随喜とは「喜び随うこと」であり、実践するという行動意欲、行動の原動力でもあるからです。
心の中で感心するだけで行動とならなければ「幸運を招くことはかなわない」のです。
そこで随喜しようとする意識を高め、行動となれば潜在意識の中に眠っていた可能性を目覚めさせ進化させることが可能となるのです。
現在誠澄は懺悔練行と五穀断ち、塩断ちの行も合わせて行っております、この行は以前私も行っていました、私が行っていたとき当然誠澄は随喜をしました、行は言うは易く行うは難し、行とはすべからく厳しいものです。この厳しさを知っても「行動したい」という「喜びとならなければ」、随喜とはならず、よって「幸運の扉も開くことがかなわないのです」。
行とは教えを体に「すり込み体現すること」です。言ってみれば「成功のシステムを作ること」。
故に行動して徹底的に体にすり込めば幸運は限りなく得られることとなるのです。
先人の行を見聞きして心から喜び、尊敬し、そして行動実践する、是非一度体験して皆さんのお仕事や人生に生かしてみてください。
随喜の心に目覚めれば人生成功です。何かを得たいという心は、得られないということでもある事に目覚めるからでもあります。
いわゆる失敗する。成功、不成功の二元的価値観を超えた自分と遭遇できるのが随喜の行。
学ぶ、実践することに目覚めれば真の自由人となって日々前進する「真実の成功者ともなる」のです。
「失敗をしないよう苦労をしないよう」などという「考えにとらわれて人生を歩むような迫力の無さ」では誰も魅力を感じるはずもないのです。
失敗することが悪いことではないからです。チャレンジしているからこそ失敗もあるのです。このように考え人生を送るべきです。ひたすら歩むことが楽しい、それが随喜の精神です。
私は叡山下山以来先人の教えに随喜の心を持って歩み、気づいたときに周囲には大勢の道連れの人があったのです、これを幸福といわずして何を幸福というのでしょう。私は教えに出会って幸運な男だとしみじみ思うのです。
皆さんは何が幸運だとお考えですか?。
明後日は「にんげん学」大阪講座です、この学習も同じ事です。ご出席をお待ちいたしております。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌