備えて和する

おはようございます。

「にんげん学」小倉講座ご出席の皆さんありがとうございました。新年度4月の最終週の始まりを予定を確かにして学んでいただき感謝いたします。
自由にならない自分があるからこそ己自身の予定を確かにすると言うことの大事に目覚めなければ成りません。
武備恭順(ぶびきょうじゅん)。
この言葉は「君子は和して同ぜず。小人は同して和せず」と似た言葉です。私たちは現実の場に於いて夢の実現、人生の確立のために活動しています。
そのような中、如何ともし難い現実が在ります。立場、力不足、知識不足、資金不足様々です。
このことを確かにして武備(知識、技術、様々な準備蓄え)が必要なのです。和する、恭順することはただ単になしえることではありません。
頭を下げて、ただ従順であれば目標が達せられるかと言えば、それは難しいことです。何故かと言いますと、ただ単に頭を下げていたとしても何の準備も備えもなくしておれば、周囲に「疎んじられ、蔑まれる」しかないのです。
ではどうするべきか、武備、知識を蓄える、技術を蓄える、いわゆる「学ぶこと」で疎んじられる、蔑まれることが無くなるのです。
これが「武備恭順」です。
和することが出来ないのはなぜでしょうか、目標がないからです。自身の人生の確立を図っていないからです。
小人(夢のない人、目標を持たない人)は「人と同じ事をやりながら仲良くしない」、故にいつまで経っても「社会の役に立てず」、「自分の喜びとも出来ず」反発するだけなのです。
君子は夢を持っている人ですから、その実現のためには先ず周囲と「和する、仲良くする」のです。現実の目の前にチャンスがあることを道理で知っているからです。自分の思(夢)いを実現するためには道理に因ることだ、ということを知っているからです。
ただ頭を下げて一見良さそうだと相手が思って仕事を任されることがあったとしても、小人は武備(知識、技術)がありませんので、結局は何もなしえず、恥を多くするだけとなるのです。
小人は言葉を多くします。言葉を多くすればするほど「行動出来ないことを多くする」ことを知らず、結果又恥を多くすることを知らないのです。
「君子は言葉少なく、行動する」のです。
明日は愛宕寺の「花祭り」、午後2時からです。お釈迦様の誕生を祝福する日です。私たちはお釈迦様の誕生によって迷いのない人生を過ごすことが出来ているのです。ご一緒にお釈迦様のお誕生を祝福いたしましょう。
またピカピカの新一年生にお釈迦様の徳に預かれるよう文房具を進呈いたします。どうぞお参りください。そしてお子様達が素晴らしいリーダーとしての人生を送ることができるようご一緒に祝福してあげましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌