孤独にならないために

おはようございます。

「にんげん学」一宮講座ご出席の皆さん、強い雨の中にもかかわらずありがとうございました。二週間続けてという日程にも関わらず大勢のご参加をいただき感謝いたします。
来月は6月は4日です、そして翌日の5日は、心に華を咲かそう会・中部地区第8回「チャリティゴルフコンペ」、連日となりますがよろしくご参加くださいますようお願いいたします。
昨日は「己を知ることが肝要だ」というお話を書きました。己を知りますと喜びが沢山あります。その上、人生の「道連れ」ができるのです。
人生、道連れがあることは人生にとってとても大切なことです。道連れが出来ますと一層「自身の道に磨きをかけ、精進することに力を注ぐ意識が強まる」ので、それほど朋、道連れはありがたい存在なのです。
「類は友を呼ぶ」とはよくいったもので、いつも申しますように類という意味の中には「意識、心」という意味があります。自身の人生に「真摯に対する人と出会いを多くする」のです。
「大勢の中の孤独に陥らないために」。
私にも多くの道連れの方がります。それも異業種の方を多くしております。それが又とても嬉しいことで「世界を広めて行く」のです。
昨夜も勉強を通じた道連れがあり、今夜も東京での「にんげん学」、又昨夜とは違った道連れの方があります。そして懇親会では又新たな道連れが出来るのです。
信仰も同じです、信仰の朋、お酒の友、ゴルフの友、それぞれの世界で道連れができる。そしてその友、その場での楽しい世界が展開する。
私は出会った人の持っている世界をいつも感動して受け止めております。この世は誰一人同じ人は存在しません。皆さん私の出来ないことをやっているのです、この現実に「感動する」のです、そして「尊敬もする」のです。
論語、学而第一、第十六条に「子曰く、人の己を知らざるを患(うれ)へず。人を知らざるを患(うれ)う。」とあり、
意は「孔子言う、他人が自分の価値実力を知ってくれないことを気にかける必要はない。ただ自分が人の価値実力を認めることの出来ないのを心にかけて注意すべきである」。というのです。
全くこの通りだ、と私は思うのです。
この語は孔子の教えの「本を務む」という基本の考え方から来た語であって、毀誉褒貶(きよほうへん。そしられることや、けなされること、褒められる、認められること等々)を気にする前に、「先ず己を修める必要のある」ことを述べたのです。
周囲には自分の出来ないことをできている方が大勢おります。そして又私自身も目指す世界を持っております。だからこそ周囲の人の輝いている姿を見ますと感動するのです。
「皆輝いている、目指している」という思いを更に強めるのです。そして大いに自分の参考とするのです。
そうしている中に道連れの方が大勢出来てきたのです。
毀誉褒貶に心を奪われ、「人の素晴らしさを認められませんと」、社会の中に大勢人がいるにもかかわらず「孤独感にさいなまれていく」こととなるのです。
東京地区の皆さん「にんげん学」講座の会場でお待ちいたしております、勉強も懇親会も楽しく道連れになってください。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌