出会いを大事に

おはようございます。

昨日は少し私の信仰心を書きました、今日も少し書きたいと思います。10代後半から信仰の道に入りまして今日まで心の中に「信を保ち」歩んでおります。
「信力」という言葉を昨日書きましたが、この力があったればこそ現実に「利益」があったわけです。この「力」は鍛えなくとも強くなるのです。何のトレーニングもいりません。何故かといいますと「信じればいい」だけだからです。
水神さんである、辯財天様はあらゆる場面、状況であっても周囲に利をもたらし、恩恵を与えます。ですから場面、状況を選ばないのです。
「縁」。
場面状況を選ばず利を与える、恩恵を与えるのが辯財天様、その心を心として私は歩んでいるのです。ですから我利で場面や状況を判断したことはありません。
そうしますと一見「小さいように見える縁でも」懸命にそこで働きますと「大と為す」のです。
何事も最初から大きな縁などは得られないのが現実、真理です。その時その時相応しい「縁と出会う」ようになっているのが現実です。
若い学校出たてのような人に大きな責任のある仕事があるかと言えば、そう多くはないでしょう。かくの如く「成長」していくのが真理・道理です。
ですから正しく物事を見る目を持たなければならないのはいうまでもありません。
ご利益が欲しい、出世がしたいというご相談は多くあります。
人生、我利ではいけません、利他です。他を利することで大きなご利益があるのです。後から着いてくるといってもいいでしょう。私の信仰しております辯財天様は「金港辯財天」と申します。
これは私が名付けたわけではなく、ある霊能者が「金銀財宝を山積みした船を見たことに由来」しています。
宇治は宇宙の中心、宇宙を治めるから「宇治」なのだ、という先の霊能者の方がいわれたのです。
32年前名もなく、名誉もない若かった私に縁があり比叡山から下りてきたのです。私は多くの人が物質やお金で困り、貧すれば鈍するような生き方とならないように、心の中に「信を保ち」社会で生業について働く皆様に安定した生活をと願って日々お祈りをさせていただいているのです。
30数年前は誰一人知る事もない寺、私は「信力」を確信しておりますので、たった一人の縁を大事にして祈り、現在はお参りの方も企業研修の皆様もあるようになったのです。
自分の存在を確かにして信じて明るく在れば必ず繁栄はもたらされるのです、是非皆様一度お参りください、そしてご利益をお受け取りください。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌