無心に

おはようございます。

朝早く明るくなるのはいいものです。朝一番に外に出て明るく小鳥のさえずりが聞こえますと何かしら心がときめき、不思議な気持ちです。どこからこのような気持ちがわいてくるのでしょう?。
どこから来るか分からないからいいのかもしれません、花々や景色を見たときも同じような気持ちに。人は美しいものに感動するようにできているのでしょう、きっと。
もちろん人と出会ったときも同じように突き動かされるような時があります。
毎日お勤めをして護摩の炎を拝んでいるときも感動を覚えます、感動とは理屈ではないのです。
「無心に生きる」。
私は「大欲を持っています」、大欲といっても、何か物を得るとか、地位を得るというのではなく、「多くの人の役に立ちたい」という大欲です。
人は魂の奥に「感動するものを持っています」。先に書きましたように、「無心に感動する」のです。
「無心帰大道」(無心は大道に帰する)。目の前のことに無心に対すれば、皆さんが必ず歩む「共通する大道」に帰するのです。小路から大路に、大路から小路の如く、又どんな川でも必ず海に流れ込むように。
無心に在れば「必ず人のためになり、生かされる、生かされてしまう」のです。
ある時私は気づいたのです。何に気づいたのかと言いますと、どうなるのだろうと考え悩んで、思考も行動も停止するのではなく、「無心に目の前のことをやれば、楽しくなる、楽しいことが見つかる」ことに気づいたのです。
どうなるのか、などと悩み苦しむことをせず(小路で悩まず)、目の前のことに無心に対すれば、あなたを感動する人を多くするのです(大路の通じる)。
無心は大道に帰する、言い響きの言葉です。無心に在れば必ずあなたの世界が目の前に現れるのです。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌