奉仕から得るパワー

おはようございます。

熊本から帰りますと信者さんが明日の「採燈大護摩法要」に必要不可欠な「檜葉(ひば、檜の枝葉)」取りの奉仕をくださっていました。お寺の行事は全てに於いて皆さんのお力。
明日は「新門落成法要」並びに「心華寺みのり大祭、採燈大護摩法要」、今日から明日にかけて全国からお祝いとお手伝いに駆けつけてくださいます。本当にありがたいことです。
「奉仕のパワー」。
寺には不特定多数の方がお出でになります。その上価値観も皆さんそれぞれです。ご奉仕下さる皆さんはお出でいただいた方に喜んでいただこうと無心に働いてくださいます。
この不特定多数の方、価値観の違う方にご奉仕することがとんでもないパワーを生むのです。
奉仕するということはお出でただいた方に押しつけであってはなりません。温かく接し、喜んでお帰りいただくことが大事です。
そのためには何が必要かといいますと「気持ちを察する」ことです。価値観の違う方それぞれの「心を察して接する」ことが必要なのです。
このことを続けておりますと社会でお仕事するときに於いて無意識のうちに「相手の気持ち、気を察するようになる」のです。
誰しも事を行えば「存在感を発揮したいはず」です。存在感とはどのようなことでしょう。
良い印象を残すのか、悪い印象を残すのかいずれかです。良い印象を残せば「良い存在感」、悪い印象を残せば「悪い存在感」を与えるのです。
存在感というのは如何に「相手に奉仕するか」ということです。いわゆる皆さんの世界の言葉で言えば「ニーズに応える」ことです。
悪い存在感を与える人は相手のことを考えるのではなく、自分の存在を知って欲しいというまったく逆な発想で存在感を求めているという誤った存在感なのです。
相手に奉仕する、ニーズに応えるには「相手の気持ち、心を察しなければ出来ないのが道理」です。
寺に来て奉仕される方、修業される方が社会に出て何故存在感を発揮するようになるかと云えば不特定多数の方々、価値観の違う方々への「奉仕のパワー」があるからなのです。
明日の法要は8時30分からです。少々早い時間ですが、お参りとご奉仕をください。更なるパワーが得られます。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌