道中

おはようございます。

M&Uスクール受講生の皆さん一年間ありがとうございます。遠いところを通っていただき感謝いたします。
又この度は新山門完成に伴い梅谷先生に灯籠のご寄付の無理をM&Uスクールの皆様にお願いできないかご相談申しあげたところ快くご承諾、79名の皆様から温かいご寄付を昨日頂戴しました。この場をお借りしまして全国の皆様にお礼申し上げます。
寺には全国遠近からお参り研修にとお出でいただいております、人生は目的地にたどり着くことも大事ですが、その道中の思いが大切でもあるのです。その思い如何によって展開に違いが生じるのです。
「道中」。
目標を持ちそこに向かって歩むわけですが、目標を持つからこそ「思考を巡らす」ことができます。人生にはこの思考を巡らし学ぶことが大事です。思考を巡らすと云うことが出来るのも確かに目標に向かってこその話、目標に向かわなければ「ただの妄想」でしかないのです。
論語、為政第二、第十五条に「子曰く、学びて思わざれば則ち罔(くら)し。思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し。」と。
意は「孔子言う、或は先輩について学び、或は書物によって学んでも、その学んだところを自分の心に問うてよく考えてみないと、学んだことがぼんやりとしていて、本当の意味は了得されない。これに反して、自分の乏しい知識経験を本としてただ心の中に思い詰めるだけで、ひろく他人の言に学び、或いは古人の教えに学ぶことをしないと、的をはずれた方向に進みがちで、危険この上ないものである。」。
これは個人の修養においても、ある時代の国民の修養としても共に大切な心がけです。色々な事を聞き知り見知っておりながら、その事が真の知識ともならず実行にも至らないのは、「思わざるの罪」です。
せまい思想の殻に閉じこめられて、ややもすると常軌をはずれた行いをなすに至るのは、「学ばざる罪」であり、
学ぶことは方向を示すに役立ちますが、それだけでは「力に乏しく」、思うだけで学ぶことを知らないと、ともすると、「的をはずれた強い過ちを犯してしまう」こととなるのです。
私たちは自分の幸せを求めることも大事ですが、「人と共に」という思いが大事です。「そのために学び、そのために思う」のです。
人生の道中に於いて如何に「楽しい道連れを作るのか」が大事です。道連れを多くすればこそ大きな発展ともなるのです。
 
世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌