調和

おはようございます。

5月の最終日曜日、昨日から降り続いています雨、どこかで被害が出なければいいがと心配になる強い降りです。M&Uスクール受講生の皆さんは今朝は坐禅からスタートです。先日も書きましたが私たちは「一つの工夫を生涯のもの」として過ごします。
坐禅は先ず体(からだ)を調えることです、そして呼吸、心を調える。最初の体を調えることが出来れば自ずと呼吸と心は影が形に従うように、自然調えられるのです。
「調和」。
調えるということは、抽象的な表現でありますが、この抽象的なことが人生では大事です。
目標は明快であっても、その目標を達成させるためには人と共に、人様の協力を得て達成させるからです。目標を立てて、目標に向かう過程に於いてあまりにも確かな答えを出そうとすれば、思考の幅が無くなり、発想が豊かにならず、せっかくの能力も発揮されないのです。
一つ一つ仮定の形を作りながら、試行して完成度を高めることが、より素晴らしい物が完成されるのです。この意識が「調和」です。
人材が集まらない、人材があっても生かせない等々の問題はこの調和の考え方を改めるべきです。調和の和とは、「相手を先ず認める」ことです。認めて「協力して形作る」のです。形を作ってでなければ「その善し悪しを判断できない」のです。
良ければ良いでさらにその上にプラスしていけばよいですし、悪ければ相手も自分の非を明らかに出来るのです。調和とは良くも悪くも人との調和を図る事になるのです。故に調和は「抽象的である」という認識を持つべきなのです。
抽象的であるという確かな意味を知らず、仲良く、相手の「意見を聞きいれるだけの意味合いであれば」、心の内で「がまん、しんぼう」しながら受け入れているのであり、何か失敗したり、不都合なことが起きたとき、「あいつが強引に言ったから受け入れたのに、だから?云々」というような最悪な人間関係をもたらしてしまうこととになるのです。
調えるという一点を生涯の工夫としたとしても人生に素晴らしい展開をもたらす本となるのです。5月最終の日曜日静かに雨の音を聞きながらでも何を工夫しなければならないのかを「黙考」してみてください。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌
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