まねぶ

おはようございます。

机上の空論(知識とするだけ)は「己を傷つけ、相手をも傷つけてしまい」ます。また口耳四寸(こうじよんすん)の学も同様です(耳で聞いたことを直ぐ口に出すこと)。
机上の空論も口耳四寸の学も、自身が実践するということがないからです。このような人は「相手を責める」故、結果、結果が出ず、「自分も相手も傷つけることになる」のです。
学ぶは「まねぶ」で、行動し結果を出すことです。
とても単純で当たり前なことですが、論理はやって見せなければ理解できないのです。ですから己自身が知ったら出来ると安易に考え、行動しなくても良いと考えているようでは、いくら立派なことを知り部下や人に話したところで何の変化もなく、変わりはしないのです。
変わらない所か、逆効果となるのです。己は行動もせず、「人を責めるばかり」ですから、「反発を生み、倦怠感を生み出すことになる」のです。
この矛盾を知らなければ落ち込むしかありません。なぜならば、こんなにいい話をしてやっているのに、何故部下達は動かないのだと、己を傷つけ、相手をも傷つける結果だけが現実となるのです。そして悩みを深めるという最も愚かな現実だけが待ち受けているのです。
「まねぶ」。
論語、公冶長(こやちよう)第五、第14条「子路(しろ)、聞くこと有(あ)りて、未(いま)だ之(これ)を行(おこの)うこと能(あた)わず。唯(こ)れ聞くこと有るを恐(おそ)る。」。
意は「子路孔子から教えを聞けば、必ずそれを実行しようと志しておった。従って、一つの教えを聞いて、まだその教えをよく実践していない内は、その上に更に新しい教えを聞くことを恐れるという風であった。」。
子路は宿諾(しゅくだく)なし(顔淵篇)ともいわれて、一旦請け合った事をそのままにしておくことの出来ない人柄でありました。まして師の教えを聞いては、それを直ちに必ず実行せんと努めたもので、そのいかにも子路らしい率直純真な風貌が極めて端的に述べられています。
いかがですか皆さん、このように在りたいですね、一つのことを出来てから次に進む、知識を豊かにすることは大事ですが、核となるものを持たずに知識だけを豊富にしても迷うだけなのです。
幹を太くするために枝葉を伸ばすことでなければ、枝葉の重みで木は倒れることは必然の理です。
一つのことも出来ない先から、もっと良いことはないかと「聞きたがり」ウロウロして結局は何も体得できていない人をよく見かけます。時間だけが過ぎ去り、年を重ね、周囲を観れば立派になっていて、周囲の人を観て妬み羨むという寂しい人生になりかねないのです。
そのような現実を知ってか知らずか、一層口耳四寸の学となって、周囲にはうるさがられるという人格を作ってしまいかねないのです。
コツコツと出来ることをまじめにやり、知らないことは何も恥ではなく、知って行動しないことが恥であることを知る人間でありたいものです。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。               合掌
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