積小為大

おはようございます。

10月第一日曜ですので心華寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」です。私は本来怠け者ですので若い時から何事も予定を立て物事をやってきました。それも無理をせずに、なぜかと言いますと、愚図であった私は子供の頃から誇大妄想癖があり、出来ない癖に大きな事を考え、何をやっても続かなかった経験からです。
「積小為大」。
「せきしょういだい」と読みます。この語は二宮尊徳翁の思想です。小さいことを積みあげてこそ大と為す、全くこの通りではないでしょうか。知識や技術を身につけてそれを大成するにはやはり「心がけ」です。どのような思いを持って事に対するかで将来の展望が違って来ます。
論語、陽貨第17、2条「子曰く、性は相近し。習うことは相通し。」。意は「孔子言う、人間の天性(これは恐らく気質(かたぎ、性質)をも含めて言ったものでしょう)は、甲の人と乙の人との間に大差あるものではなく、大体似たり寄ったりのもである。ただその後の習慣によって甲の人と乙の人との間に大きな距離の差が作られて行くのである。」。
これは「習慣は第二の天性なり」と言われますように、習慣が人生を大きく左右することを言っているのです。確かな目標を持っていなければ確かな習慣の必要性を感じないのが私たちでもあります。
ですから目標を持たない人間の習慣は「怠け癖」となるのです。これも毎日の積み上げですので最も恐れなければなりません。何もしないのも習慣がするのです。
お釈迦様にも二宮尊徳にもなれませんが、偉大な人達は続けるという習慣で人格を作ったことは間違いがありません。コツコツと積みあげれば「私は私になれると信じ」見習って今日まで習慣を大事にしているのです。
「習うことを知れば工夫に工夫を重ねるようになり、錬磨をして我が物にする楽しさに目覚め、人間性に深みを増してくる」ことを信じているのです。
午前10時から皆さんとご一緒に祈る楽しさに今から心がときめいています。祈る安心感で事に対すれば大きな成果が上がりご利益となり、問題が生じれば気づかせてくれたことに感謝が出来るのです。祈りを知らない人は行動して思わないことが生じれば人の所為にして何等反省もせず不満だけを口にする、反省のないところからは進化も生まれず発展の萌しもないのです。
祈りは心を穏やかにします「明鏡止水」。外の世界を正しく映し出してこそ確かな対応が出来るのです。ご一緒に祈りましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を応援します。