頭を垂れる

おはようございます。

祈りがなぜ素晴らしいのかはこれまで何度も書いておりますが、祈りの素晴らしさは何度書いてもお話ししてもつきません、毎日、毎日違った素晴らしさを体感するからです。
昨日もB巧芸社さんの祈願祭では社長様以下全社員の皆様が神前に頭を垂れその姿は神々しくありました。
ダイヤモンドがどのような角度から光を当てても光るように、全社一丸となった姿はまさしくダイヤモンドの如き輝きをお一人お一人発せられることでしょう。
「頭を垂れる」。
頭は誰でもが大切に大事に考える部分ではないでしょうか。部分と云うよりも頭を下げるという行為は「心身を捧げる、全てを投げ出すという思い」であるに違いありません。ですから大人から幼子まで、頭を下げる姿を拝見しますと感動を受け輝くのです。
頭を下げられないときの心理状態は「空威張りや、偽りの心があるとき」が多いのです。そのようなときは頭も下げられず、言葉にもトゲがあり、正義をふりまわすのです。
昨日の長幼の序と同じく、真摯に頭を垂れ仕事を黙々とこなす人には必ずや「上位からチャンスがもたらされる」のです。「人は人を求めています」。しかし人を求めているにしても、下位にある人は「引き立ててくれる人をもとめ」、上位の人は「素直で真摯な態度の人を求め」るのです。
このように求めるにしても上位、下位では、その求め方が違っていることに気づかねばなりません。
感謝の祈りを捧げられる人は人様に対しても心から感謝できるのです。故に上に立っている人はそのような方を見たときチャンスを与えようと心が動くのです。これが感じて動く、感動でありますし、感応でもあるのです。素直な人には何事も応じたくなるのが人情だからです。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を応援します。