捨てる

おはようございます。

「にんげん学」東京初講座ご出席の皆さんありがとうございます。本年も己を修めリーダーの自覚を確かに共に歩んでまいりましょう。いくら部下を叱咤したとしても己を高めようとしない長であっては面従腹背の部下を作るだけ、人材を腐らす罪も犯します。
何ごとも自覚です。自覚してこそ目の前のことを正しく認識できます。人には誰にでも癖があります、良い癖もある悪い癖も、癖のない人はいません。
これは癖ではないかもしれませんが、人は「自分の知らないことは認めたがらない」という思いがあります。このことの事実を自覚すべきです。「知らないこともある」ということ。そうしませんと知らないことを言ってくれた人が何か仕事で上手く行ったりしますと、後で怨むような気持ちになるからです。このような狭い気持ちにならないためにも己を知る自覚が大事です。
「捨てる」。
私たちが論語を学び、祈るのはただ単に知識を得るためではありません。実生活、人生に活かすためです。発想のヒントと為し、活用するためです。「論語読み論語を知らず」となってはいけません。
そのためには知ったことにこだわらないことが大事です。知識にこだわってしまいますと「心を新たに出来ない」からです。新たに出来ませんと上に書いたように「知らないことを否定してしまう人格を作る」ことになり、新たに得た出会いから学ぶことも活かすこともできない「己を作ってしまう」のです。
一生懸命にやっているのに「何度も失敗している人がよくあります」。このような人は知ることに重きをおいているからです。
また大切な「自分が置かれている環境を嫌っている人もおります」。それらは皆「心に埃り」を持っているのです。それを払い清めることが大事です。それが「知ったことを捨てる」ことです。
仕事でも人間関係でも上手く行かないのは「心に塵がたまっているから」でもあるのです。その一つが「知らないことを否定してしまう」ことに気づき自覚して「知らないこともあるのだ素直になること」です。
捨てる方法は簡単な事です。日々の生活の中でふれあい、すれ違う中で見た物聴いた物を素直に感動し、認めることです。それだけで心の掃除ができて埃や塵が落ちていくのです。
ちょっと一服したときのお茶やコーヒー、何気なしにつまんだお菓子は美味しいものです。何のはからいもない素晴らしい心の世界というものがあるのです。
知識に執着せず捨てるだけで楽しい世界がいっぱいに広がるのです。そうすることで知識が真に知識となり力を発揮するのです。
明日は京都・大阪合同「にんげん学」初講座です。これは年一度心華寺を会場として行います特別講座です。是非各地の皆様もお出かけください。講座修了後席を移して「美味しい物を食べる会」を催します。こちらがメーンかな?。午後2時受付です。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を応援します。