感謝して

おはようございます。

冷たい真冬日の中、愛宕寺「初・月例・幸福開運護摩祈願祭」お参りありがとうございます。一年の初めに皆様と共にお祈りができましたことが幸福せです、ありがとうございます。
法要後片付けお掃除をいただいた皆様本年も身施をありがとうございます。皆様のためよろしく本年もお手伝い下さい。
法要は月に一度繰り返されるわけですが、この繰り返しをただ単に繰り返すだけだと考えるのではなく、毎日、毎週、毎月繰り返すことができたことを「休む前に幸福せだと感謝しています」。このように思い休みますと不思議と快眠して目覚めよくスッキリ起きられるのです、そしてやる気が落ちない。このように日々の生活を締めくくるようにして何十年にもなります。
「感謝して終える」。
一日を終えるのに反省はしても後悔をしないという在り方を私はしています。そして休む前には「一日ありがとう」を言います。祈りの後にも「ありがとう」を唱えます。ブログの最後にも「ありがとう・心に華を咲かそう」と書いているように。
一日のできごとに不足を言ったり、仕事やお金も多少で捉えては幸福せはやってこないと思っています。いつも書いていますが現実は自分が作った結果です。
仕事の繁栄や収入が増えることを願いながら「仕事に不平不満を言っていたのでは明日からの仕事など到底もたらされるはずはない」のです。ましてや不平不満を繰り返しているようでは、「顔つきさえ不景気になり誰も寄りつくはずもない」のです。
三者の方から見ればささやかでちっぽけなことかもしれません。しかし私は大切な自分が一日を過ごした事柄すべてにありがたいと感謝するのです。自分を自分で粗末に疎かに考えないからです。自分の行動を愚痴としない。
現状に満足することと感謝することとはまったく意識、次元が違うと考えています。感謝は「あり得ない」と捉えることだと思っています。ですから一日を終えるとき、あぁ今日も素晴らしい出会いをいただけたなぁ〜と、繰り返している全ての事柄に感謝するのです。
今日一日が幸福せだと考えずに、こんな事より「もっと良い日があるに違いない」と考えたときから「迷いの人生、迷いの一日が永遠に続く」のです。今日一日を大切に感謝しますと「今日行った中から工夫と新たな発想の喜びが湧き出る」のです。
一日を感謝で終えますと明日が楽しみになります。どんな出会いがあるのだろう。どんな自分の心を味わえるのだろうと。未知なる明日への楽しみで一杯となるのです。暗い気持ちで一日を終えるとやはり次の日も暗い一日を繰り返すのです。皆さん昨日はありがとうございます。又来月もご一緒に楽しく祈りましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。