己に求む

おはようございます。

昨日はお昼から25年お声をかけていただいていますN板ガラス流通グループ様の入社から5年間続いて行われます人材育成研修の一環、最初心華寺研修からのスタート、そして卒業式を私の講演で締めくくるという、誠にありがたいことで、それが25年間続いています。
会社の誠意の典型ではないでしょうか。人材育成とは言いつつも繰り返し情報を提供し人として、ビジネスマンとして育むということは私も長いこといろいろな方面に携わらせていただいていますが、多くはないのが実状です。ありがとうございます。
晴海の会場迄の時間は案内いただいていましたが、行きがけはタクシーで余裕を持って入り、還りはバスに乗って東京駅まで帰ってきました、先日もバスに乗ったのですが、東京は何の乗物でも混んでいるのが驚きです。人が集まるということはいろいろなところに相乗効果があるものだと感心します。
「にんげん学」東京講座へご出席の皆さんありがとうございます。皆様のお陰で講座が出来ました。一昨日失礼しましたお二人のK社長様、U社長様もご心配いただきご出席くださり感謝いたします。Tさんにもご心配おかけしました。   
「己に求む」。
論語、衞霊公第15、14条「子曰く、躬自(みみずか)ら厚くして、薄く人を責むるときは、則ち怨み遠ざかる。」
意は「孔子言う、自分自身に対しては厳重に身を責める、すなわち、万事を己に求めて行っていて、しかも他人に対しては余り責めたてることをしない、すなわち人に求めるところが少ないという風にして行けば、段々人から怨まれることがなくなる。」。
また同じく20条に「子曰く、君子は諸(これ)を己に求む。小人は緒を人に求む。」。
意は「孔子言う、君子は何ごとも自分に求め、自分に責めるが、小人はこれに反して、何ごとも人に求め、人に責める。そこに君子・小人の別がある。」。
これらは善悪両面について言えます。君子は己の過誤を責めることは厚いが、人の過誤を責めることは薄い。小人はこれと反対である。又事を行う場合に、君子は自分みずからそれだけ実力があるかないかを内省しているが、小人は自分の能力の有無を省みず、人に己を買ってくれることを要求していく。これみな人に求め、己に求める別なのです。己に求めることなくしては人間性も何も高められないのです。
己に求めることの第一が感謝、その感謝の行動の第一が先祖供養。明日は愛宕寺「春季・彼岸会法要」午前10時からです。追善のお経をご一緒にお唱えし、功徳を積みましょう。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。