尊敬すること

shibasaijyo2012-05-05


おはようございます。

連休の後半はあいにくのお天気です、今日は暖かくなるようです。大きな交通事故が多発していますのでお帰りは十分に気をつけてください。
今日は端午の節句、お子様が元気に育つように祈りましょう。お子様には手を合わせ祈る親の真意はわからずとも、祈る和気からは穏やかなものをうけとめます。季節の行事の意味はともかくとして子供の成長を祝福することは情操教育の上で大変意義があります。休日でもあります皆さんでお祝いをしてあげてください。そしてやはりご先祖様へご家族そろって感謝の手を合わすことが肝心です。
明日は第一日曜日午前10時より心華寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」。お子様ご家族皆様のご安泰をご一緒に祈りましょう、お待ちしております。
「尊敬すること」。
出会った人の人柄を一瞬に見抜ける人はそう多くはないでありましょう。人様を見抜くことは難しいことです、しかしながら惑わされたり、共鳴したりすることは自分の心がそうしているのだということはおわかりのはずです。
私はいつも出会った人を尊敬すべきだとお話ししていますし、書いてもいます。それはなぜかと申しますと。
立派な人に出会いますと「恥じる心が生まれる」のです。恥じる心が生じますと「怠け心を少なくする」のです。徳のある立派な人を見ておりますと、ゆったりとして楽しそうに人生を歩んでいるように感じられ、「あんなふうになれたらいいなあ〜」とも思うのです。
それ故に、「自儘で勝手な振る舞いが愚かな事であることを知る」ことになります。その上「まねぶ」ようになり「道理に従うようになる」のです。結果望むような人生を多くできていくのです
また自分と同じように感じられる人に対しては「親しみの心が生じる」ます。そうしますとお付き合いの「円周を大きくしていくチャンスに恵まれる」のです。尊敬すればいくら親しくなったとしても「親しき仲にも礼儀あり」で言葉がぞんざいとならず、知らず識らず耳を汚したり、非礼な言葉を発しなくなり、やはり「和気を生ずるようになり」人が自然に集まってくるのです。
いずれにしましても、事を為していく上で「お手本が必要ですし、協力くださる方が必要です」。尊敬心を持って接することは人生を処する上に於いて「大切な基本」であります。
敬する心が無いということは未来に於いて楽しく共に歩んでくれる仲間、同志が現れないということでもあるのです。敬する心は何ごとの世界でも基本です。その敬する基礎が祈ることです。明日ご一緒に祈りましょう。
祈り敬する心で人様に接しお付き合いをさせていただいたお蔭でいろいろな人との巡り会いが出来たのです。昨日庭で見つけた小さなスズランの花です。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。