分かち合う

shibasaijyo2012-05-19


おはようございます。

「にんげん学」東京講座ご出席の皆さんありがとうございます。
私は時々ジレンマに襲われるときがあります。物事を平等に見たいと思っていながら好みで見てしまうという自分。どんな人でも同じ世界に居る者として見たい、しかし差別を見てしまう。差別即平等という言葉が最近身にしみています。
「分かち合う」。
差別、違いを見て違いを見ない人間になりたいと思っているのですが、心が狭いためかなかなか人を素直に見ることが出来ず、落ち込んでしまうときがあるのです。人様を自分が考えている世界に導こうなどと大胆で傲慢な恐れ多いことは考えていないのですが、ジレンマを感じるということはやはり傲慢なのでしょう。
何故このような思いをするのかと言いますと、多くの人と「分かち合いたい」という気持ちがあるからです、喜怒哀楽をです。御仏は多くの人と共にあったのでしょう。だから多くの人の共鳴を結果的に得た、そう得てしまったのだと考えています。
価値観の違いがあるからこそその価値を共有する喜びは譬えようがないのです。人様が美しいと思うものを共に美しいと感じることが出来る喜び、何物にも変えがたいものだと思っています。そのようになれたらどれほど素晴らしいことかといつも思うのです。
今日も富士のお山は美しく聳えていることでしょう。「青山元不動 白雲自去来(せいざんもとふどう、はくうん おのずから きょらい)」泰然として多くの方と喜怒哀楽を分かち合う人生でありたいものです。
下の写真は「ぶら和尚」での昼食、東京駅の「東京食堂」というかつて特急や新幹線で車内食堂をやっていたレストランの「ミンチカツ」と「フライ盛り合わせ」です。二度目でしたがとてもドミソースの美味しいお店です。因みに昨日の散策は「明治神宮」、とても厳かで爽やかな気持ちになりました。「清正の井戸」というコンコンとわき出す井戸で手を清め、とても気持ちよく勉強会が出来ました。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。