身を滅ぼす

おはようございます。

私たちが日々祈りますのは昨日も書きましたが、皆様の安泰です。安泰といいましても何ごとがあってもへこたれない皆様をお祈りしています。
私たちが日常何を思い考えているかによって未来の人生が大きく変わります。使命に生きるのか、人欲に生きるのかです。
「身を滅ぼす元」。
昨日も「菜根譚」を参照しましたが、今日も百一条です。「富貴の叢中(そうちゆう)に成長せるところのものは、嗜欲(しよく)は猛火の如く、権勢は烈焔(れつえん)に似たり、若(も)し些かの清冷(せいれい)の気味を帯びざれば、其の火焔は、人を焚(や)くにあらざれば、必ず将に自らを爍(や)かんとす。」。
意は「富貴の家庭に生まれ育った人は、飲食などをやたらに求める欲望は、激しく燃える火のように盛んであり、権力をもって他を支配しようとする心は、燃えさかる炎のようにはげしい。
もし、少しぐらいの冷ややかな様子を持ち合わせていないと、その炎は、他の人を焼くに至らないのでなければ、必ず自分自身を焼き尽くしてしまうであろう。」。
富貴というのは何も大金持ちということではなく、両親に大切にされて育てられた私たちに等しくいえることです。志を持っている人間は「悪衣、悪食に恥じず」(論語、里仁第4、9条)と孔子もいっていますように、己の為すことに目ざめている故寝食さえ忘れ、衣服や食物のみすぼらしいのを、人に対してはずかしいなどと思っていないのです。己の向上心を喜びとしているからです。
人欲にしか情熱を燃やすことができないようでは、己で己の身を焼く元となるしかないのです。
人の上に立ち立ちたいという欲、力で圧しようとする心は、己を高める向上心とは天地の相違。人欲に犯されている人間は上には上がいることが見えず、尊敬心すら生まれないのです。空しいことを知らず情熱を燃やし、いつしかオーバーヒートしてエンストを起こし空中分解するのです。
祈り、学びができるクールな人は感謝を体得しています。そのような人は何ごとがあったとしても安泰なのです。為すべきことと、勘違いをしてはならないことを明解に知っているからです。
明日は愛宕寺「月例・幸福開運護摩祈願祭」、午前10時からです。どうぞ友人知人、大切なお方とご一緒におまいりください。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。