分を守る

おはようございます。

先日の「全国Lオーナー勉強会」講演後、懇親会で生まれて初めてビアガーデンというところに行きました。縁があるときはあるもので昨夜ご近所の信者Iさんにご招待いただき二度目のビアガーデン、二度あることは何とやらで、もう一度あるかもしれませんね〜(酒飲みは賤しいですね〜、これだから嫌われる、帰りは当然の如く千鳥足、はい)。
私、そしてMさん、Wさん、誠澄と4人ご一緒に招待いただきました。Iさんごちそうさまでした。大盤振る舞いをしていただきました。昨日は8月を忘れないようにとばかりに非常に蒸し暑い一日、このような時、外では思いやられるな〜と正直思っていたのですが、さに非ず、屋上は風がとおり、東山三六峰を見渡しその上には満月のお月様、誰を祝福してくれたのでしょうか(当然私をでしょう?、困った権力者です)良い一日でした。
8月もお陰様で毎日書くことが叶ったようです、ありがとうございます。相変わらずという言葉は好きな言葉の一つ、基本に変わらずに在れば、あるとき豹変します。何といってもこれが人間の不思議の一つ。
豹変するにも良いように豹変すればよろしいが、悪い方へする場合も。先日も書きましたがこの人間社会は因果であり、偶然はあまりないものです。
「分(ぶん)を守る」。
分を守るというのは身の丈にあった生活をする、現在のレベルで暮らし仕事をすることです。言葉で言えばできることを話す、ということでもあります。人はどなたでも習慣化し相変わらずの生活をほとんどの人はしておられるのではないでしょうか。この相変わらずの習慣が結果の違いを出しているのです。
思ったように行かない、考えたようにいかない等々は習慣を変えなさい、ということです。昨日も書いていますが、二宮金次郎の「報徳記」にこのようなことが書いています。
「およそ金持ちになることも貧しくなることも、平和も安定も争いも滅亡も、すべてよそから来るのではない、自ら招き、求めるものだ。」。
また「語録」に、「分を知ってこれを守る人は、はじめ貧しくても必ず富む」「お金持ちになったり貧しくなったりする原因は、天にあるのでもなく、地にあるのでもなく、また国家にあるのでもなく、ただ人々の心の中にある」「心を貧に置けば富を得、心を富みに置けば貧になる」。
つまり、貧富になるかならないかの理由は、その人自身の心の中にこそ隠されているというわけです。
お金に対して常に謙虚に接し、使うべきところで使い、貯めるべきときには貯めておく。利他の精神はもちろん大切ですが、逆に能力をわきまえず分を超えてしまうと、自分のみならずまわりの人間も苦しめることになるのです。そして誡めなければいけないことの一つは「競争しないこと」です。競争心で事に対しても上手く行きません。それよりも志達成のため日々「どうあるべきか」を大切に守り事に処することです。競争心で人よりも上に行ったという話は聞いたことがありません。
一ヶ月の結果は必ず出ています、又以前の結果も出ているかも知れません、それを確かに検証し改めることは改め、為すべき基本を確かにして相変わらずの生活ができることを周囲の方々に感謝し一ヶ月を終えましょう。
修正するには修正する物差し分度計を持っていなければ修正はできません、口でいくら改めますと言っても、どのように改めるのか、修正するのかの物差し、分度計が無ければいけないということです。皆さん今月のご愛読ありがとうございます。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。