受け身

おはようございます。

十日ぶりに宇治に帰りました。今朝は誠澄に甘え寝坊、雨も降っておりゆっくりできました。今月は半分くらい留守だったかもしれません、宇治と下関の往復、「にんげん学」講座で三日は確実に留守、また他の用事でも留守・・・。心華寺、愛宕寺共に留守を守っていただきありがとうございます。
留守できるのもお陰ですね、支えてくださる皆さんがあればこそ安心して動けます。陰と陽のバランスは陰が60くらいで陽が40くらいが今までの経験上バランスが良いようです。自分の行動である陽ができるのも、陰、皆様のお力があってこそです。
伸びるには陰の割合が多い方がよく伸びるようです。そんな思いがあったからこそ無意識裏に女性神である「辨財天女」様を信仰したのかもしれません。
「受け身」。
お陰を私は受け身であるとも考えています。というのは武道で言うところの「後の先」を私はお陰をイメージしているのです。宮本武蔵が「五輪書」で「刃の下は地獄なれ そこをくぐれば後は極楽」という言葉もあります。相手が動いて後に「肉を切らせて骨を切る」ということです。
論語に「子曰く、其(そ)の以(もち)いる所(ところ)を視(み)、其の由(よ)る所を観(み)、其の安(やす)んずる所を察(さっ)すれば、人(ひと)焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや、人焉んぞ廋さんや。」と。
意は「孔子言う、人を観察するには三段の方法がある。まず第一に、その人のなすところ、すなわち実際の行動を視る。第二に、その行動の由って起こった原因動機を観る。第三に、その人が自分の行った行動に対してどの程度に心安んじておるかという点を察する。この三段の方法を以て人を観察すれば、人の全貌はおのずから現れて来るもので、いかにかくそうとしても、かくしきれるものではない。」。
視は直接に物をみることで、最も軽く、観はひろく他の方面にも心を配ってみることで、やや重く、察は更に物事の軽重大小をも見抜くことで、最も重いのです。孫子も「敵を知り己を知れば百戦危うからず」、人様を知らなければどうしようもないのです。
人様は皆さん意志を持って行動しております。ですから人様の言語行動を拝見していれば「中(あた)らずといえども遠からず」となるのです。
人との良縁を欲していながら人の心を察しようとせず、自分のことを理解してほしいと願うのは、これは人様に対する思考順序が違うのです。「人様そして自分」という次第順序に従っていない故、知識があっても相手が欲している対応、対策が取れないのです。対応、対策は取れないとしても「自分の力量を知ることは大事」です。でなければ仕事はできるはずもないのです。
受け身とは後の先、人様の言語行動の端緒を捉え対応することをいうのです。だからこそ辯財天様のことを「知恵第一」とも称したのです。
写真は昨日博多から乗りました新幹線のパーサーの女性です。30年以上新幹線を利用していますが、笑顔がとてもステキでしたので写真を撮らせていただきました。JR西日本博多区のIさんです。次回もお目にかかりたいと思ってしまうステキなお嬢さんでした、お断りしてブログに掲載しました。
それと「にんげん学」小倉講座にご出席のUさんのお母さんの三回忌の法要後に供養にお連れいただいた博多、地下鉄空港線赤坂駅にあります「和・洋、創作料理、味来膳」さんのお料理。一品目「手作りごまどうふ」二品目「八寸(里芋田楽、柿の白和え、竜飛巻、だし巻き卵、なすのゆばあんかけ)」三品目「土瓶蒸し」四品目「お造り(あじ、ひらす)」五品目「スズキと松茸のポアレ」六品目「シメジご飯のお膳(おから、なめ茸みぞれ和え)」七品目「牛乳プリン」八品目「抹茶セット(大学芋、甘づけトマト、しょうがの砂糖づけ菓子)」以上全品、すべておいしかったです。写真はお造りです。
Uさんごちそうさまでした。ほろ酔い加減で楽しく帰りました。(美女のおまけつきでした)。これも「縁尋機妙、多逢勝因」ですね?・・・?。
この十日間は美味しいものづくしでした。友はいいですね〜これもすべてお陰です。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。