陽気と喜神

おはようございます。

「にんげん学」一宮初講座、ご出席の皆さんありがとうございます。新年初講座にご出席いただき心より嬉しく思います。どうぞ本年もよろしくご一緒くださいますよう。学び継続することこそ寿であります。寿を「いのちながし」と読んだ古人の叡智は何と素晴らしいのでしょう。
昨日も嬉しい事がありました、ミカンを沢山奉納くださいます八幡浜のOさんのご紹介で知多からSさんが初参加くだいました、愛知、知多の方が八幡浜に行き宇治の私の話を聞き参加してくだされた、縁尋機妙です。
「陽気と喜神」。
皆様方から喜びをいただきますと菜根譚前集、6条を思い出します。「疾風怒雨(しっぷうどう)には、禽鳥(きんちよう)も戚々(せきせき)たり。霽日光風(せいじつこうふう)には、草木も欣々(きんきん)たり。見るべし、天地には一日(いちじつ)も和気無(わきな)かるべからず。人心には一日も喜神無(きしんな)かるべからざることを。」。
意は「暴風や豪雨の日には、野鳥のようなものまでが恐れうれえて悲しげに鳴く、晴天で風のおだやかな日には、草木までも喜び楽しんでいるように見える。
だから、天地の間には、たとえ一日でものどかな陽気がなくてはいけないし、人の心には、たとえ一日でも、喜び楽しむ気持ちがなくてはいけない」。
日々の暮らしの中ではいろいろなことがあります。苦しいこと、悲しいこと、厳しいこと等々、ですが必ず一度は喜び楽しむことはあるものです。成長、飛躍するには必ず「縮む、屈む」ことが生じるのです。しかしそのような厳しい状況の中に在っても喜び楽しむことを手がかりとすることで必ず飛躍できるのです。
蛇行したくて蛇行するのではなく、蛇行することで喜び楽しむことがあるということを知っているから蛇行できるのです。辛抱ばかりだ、と嘆く人があるとしたらやはり学ぶことを進めます。新年あけましておめでとう。という言葉が示すのは、物事を「明らかに見なさい」ということです。明らかに見れば、事の良否が確かに、明らかに見えるようになるのです。
嫌なことの中にも喜び楽しむ事柄はあります。この事実を明らかにしなければいけません。先日も書いていますが、喜び楽しむ心を養うことで、幸福を招き寄せる根本の条件になるのです。逆に嫌だ、何であいつは俺にだけこんなことをという殺気立った心のはたらきを取り去らなければ、災禍を招く本となるのです。
今日も喜び楽しむ一日としましょう。今夜は「にんげん学」東京初講座、開場、開講は30分早くなっています、ご注意ください。開場でお待ちしております。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。
写真は今年初乗りの高速、新名神の甲南パーキングから撮った夜明けと、鈴鹿トンネルを抜けたあと朝日があたって光っている山並み。皆さんの黎明をみたようでした。
そして懇親会で毎月お世話になっています「美味しい煮込みうどんのカニ屋」さんの「鳥、ささみの刺身」と美味しい「漬け物」、とろろ汁です。他に数品あったのですが、上手く撮れませんでした、カニ屋さんごめんなさい。そして今年もよろしくお願いします。