肥料は欲しがらない

おはようございます。

昨日から始まりました研修は一泊二日ですので今夕で終わります。毎回ご参加の皆様には頭が下がります。なぜ頭が下がるかと申しますと、素直に会社の命令指示に従って参加くださることです。いつまでも素直に人生に対して欲しいと願っています。
研修は会社の指示で行われます。しかし研修自体はご自身の意思で参加、体験、体感するわけですから「自分のためになる」と考えるべきです。
「肥料は欲しがらない」。
私は物覚えが良くないかわりに、感じやすい人間であるようです。題名の「肥料は欲しがらない」という言葉が頭の中に浮かんだのは中学2年のとき「奇跡の人」という映画を観たときです。「ヘレン・ケラー」が「やらされて大いなる人生に気づいた」ことを観て感じた言葉です。
映画を観て家に帰り母が畑仕事で肥(こ)やしをやっている姿を見、「苗は肥料を欲しがっていない」ことに気づかされたのです。育てる側が肥料を施すことで成長を促(うなが)すのです。「ダメにしたり、腐(きさ)らせたりするためではない」という事実を見たのです。
私はこの映画を観るまで指示命令が嫌で嫌でたまらない子供でした。指示されたこと勉強が何も出来なかったからです。映画を観て指示されることで「道が開かれることをヘレンとヘレンの先生を見て」こんな風に生きよう、生きたいと何かしら熱いものを感じました。
それまでは勉強が出来るようになりたいと考えながらも「何もしなかった」。強くなりたいと考えながら「何の行動もしなかった」のです。映画を観て以来素直に聞くということに徹しました。そこから「何をしたら良いかの道が目の前に見えるようになったようです」。
論語、憲問第14、23条「子路(しろ)、君に事(つか)えんことを問う。子曰く、欺(あざむ)くこと勿(な)かれ。而(しか)して之を犯(おか)せ。」。意は「子路が、人君(社長や上司)につかえる道を質問した。これに対して孔子は、心に誠を存して、仮にも欺くことのないようにせねばならぬ。而して顔を犯しても忠言して、その道を進めるがよい、と教えた。」。
子路という弟子は侠気(弱い者が苦しんでいるのを見のがせない気性)の心が大であり、何かを頼まれて嫌とは言えない性格だったようです、そこで孔子が、欺くような弟子ではないことを知りつつも、侠気が強いばかりに「出来ないことを出来る」とややもすると言ってしまいがちの人間であることを知っていたため、このことが「欺(あざむ)く」ことになりはしないかを危(あや)ぶみ、教えたものでもあります。
私たちにも知らないことを、思わず知っていると言ったり、出来ないことをできると言ってしまう場合があることに用心しなければいけません。
その一番が社長や上司が間違いを起こした場合、諫言(かんげん)(目上の人の過失などを指摘して忠告すること。)すべき事をも教えたのです。諫言しない、諫(いさ)めないことも「欺くこと」だからです。しかし諫言はなかなかに容易なことではありません。だからこそ日頃素直に自己研鑽を積み、心を学び、知識、技術を学び高めることと同時に周囲に親しむことに真摯でなければいけないのです。
そのためにも会社が研修等を企画し指示命令を出したとき、「素直に受け止め自分を高めることが肝心となる」のです。皆さんをダメにする、腐らすために指示命令しているのではないということを胆に銘じ、誠を尽くしてください。誠は「人生の王道」です。映画を観て以来誠を中心に据え対人関係を結ぶ努力をしています。今日も素晴らしい一日となりますことをお祈り致します。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。 合掌
 私たちは東日本大震災の復興を祈り応援します。
今朝の東の空の雲の様子です。何か黎明を感じさせるようで撮りました。下は先日も載せましたが、昨日NPOの拠点として売買契約を結び、本格的に活動を進めて行きますので改めて載せました。皆様のご協力をお願い致します。