天命を畏れ

おはようございます。

大型台風19号各地に猛威を振るい東へ、過ぎ去ったところの皆さんには被害はありませんでしたでしょうか、これからの所は十分にご注意下さい。
台風到来と聞きますと最近は雨が怖(こわ)いという思いが先だちます、私は水神信仰者ですので、常から水を畏敬しております、親しんでもいます。自然災害で被害に遭うことほど悲しいことはありません。先日の噴火での災害も同じです。改めてお悔やみ、お見舞い申し上げます。
論語のこの条は何度も書いております、改めて心していただきたいと念じ書きます。季氏(きし)第16、8条「孔子曰く、君子に三畏有(さんいあ)り。天命を畏(おそ)れ、大人(たいじん)を畏れ、聖人の言(げん)を畏る。小人は天命を知らずして、畏れず。大人に狎(な)れ、聖人の言を侮(あなど)る。」
意は「孔子言う、君子に三つの畏れ戒めることがある。一つは天命を畏れることであり、二つは大人を畏れることであり、三つは聖人の言葉を畏れることである。
これに反して小人は、天命を知らぬから、これを畏れることがない。又大人に対して狎れ親しんで畏敬することを知らず、聖人の言葉に対しては、時勢に迂(うと)いものとしてこれを軽蔑(けいべつ)する。」。
天命を解することは難しい事ですが、古人はこれを「徳命」と「禄命」の二つとしています。徳命は、私たちが天から授かった「道徳上の使命」をいいます。いわゆる「できること」で命を果たす、命(いのち)を全うすることです。「できること」というのは「人様と比べて秀でているものでということではありません」。比較して全うせずに、グズグズと不平不満、文句を言って「徳を損なうな」、「全うしないことを畏れよ」、出来ることで「使命を果たせ、与えられた事を自覚して歩め」と言うのです。
禄命は、私たちの遭遇する「吉凶禍福の宿命」のことです。「人力では如何ともし難い、なし得ないところ」のことです。だからこそ「人事を尽くし、この禄命に安んずれば」、吉凶禍福は糾える縄、ですから必ずや吉となり、吉は凶となったとしても、常日頃から畏れ励んでいる故に、例え凶となったとしても乗り越えることとなり、「地力を増す、徳命を発揮する」こととなり、その姿を人様がみれば「逞しくさえ映る」のです。
小人はすべてこれらの事を知らず、従って畏れることもないから、いつまでも汲々とした人生を送るのだと教えるのです。
大人とは、賢徳あって、位を得ている人をいうのでしょう。この位を得ている人は、社会における階級の秩序を維持する人でもあり、社会に生を営む私たちは、それぞれの分を守って社会の安寧(あんねい)に協力しなければいけません。そのためには、大人を畏れ敬うことが、大切です。
小人はその事実を無視し、秩序を乱し、最悪なのが己を破滅させることです。ただ大人の徳の寛大さに狎れ近づくことだけを思い、それが果たせなければ悪口を言い、何もせずに破滅の道をたどることになります。
聖人の言は、万世の規律です。徳を文字化して下さり、法則化、学問として形を整え教え導いてくれたのです。先のノーベル賞を受賞された方々も聖人と言えるのかもしれません。道徳の本則を教えてくれたのです。これを畏れることが道に進む第一歩です。
天命を畏れることは、信の権威を慎むこと。大人を畏れることは、社会秩序の権威を貴ぶこと。聖人の言を畏れることは、道徳の権威を尊重することなのです。
今夜は「にんげん学」大阪講座「老子を読む」、天命を畏れる話し。心の土台の語を一緒に読みましょう。会場でお待ちしております。台風で被害が出ませんように朝のお勤めをさせていただきます。連休明けの新しい週が素晴らしい週でありますことをお祈り致します。

世界平和をお祈りいたしましょう。Flower in your mind・ありがとう・心に華を咲かそう。日々の徳目、勤勉・質素・社会と人のために一隅を照らす。  合掌
 私たちは東日本大震災の復興、豪雨災害の復興を祈り応援します。
台風の中「懺悔練行」へ、修行中のO君が随喜しました。




お勤めを終えたら虹がかかっていました。天が皆さんを祝福しているのでしょう。